好奇の章
2004年9月15日水曜日「災い転じて」
 福沢諭吉が子供のころ、神仏のたたりなんかあるものかと豪語し、家の近くの神社の本殿に忍び込み、おふだだかなんだかを道ばたの石ころとすり替え
「たたれるもんならたたってみろ」
 と、言いおふだを足で踏みつけたそうだ。そしてすりかえられたとは知らない大人たちがその神社にお参りに来てまじめな顔をして石ころに祈っていくのを陰で見て大笑いしていたという話が「福翁自伝」にのっている。
 さすがといおうか、江戸時代末期にもかかわらず、「たたり」を足蹴にするなんざ神をも恐れぬどうしようもない悪ガキである(笑)その福沢先生に比べたら私などはかわいいものである。
 
 私は小学校時代はいわゆる「くそガキ」だったらしい。今でいう多動児なのか、落ち着きがなく授業中は人のちょっとしたまちがいに机をたたいて大喜びをする、鼻がたれてきたら人目をはばからず誰が発言してようとも「びー」とかむ。友人と大げんかして机や椅子を投げ飛ばす(さすがにこのときは大騒ぎになって担任の教師にこっぴどく怒られて、廊下に長々と立たされた)そんな事件も十大ニュースとして卒業文集に載せられて閉口した。今度小中の同窓会があるのだが、一体どんな顔をして出席したらいいのか。いつ真人間に更正するのだろうと回りははらはらしていたのに違いない。

 そんな時代のことであるが、あるとき小学校の毎年の恒例行事にマラソン大会があった。
 高学年の生徒は全員参加であり、5、6年のころ「上位をねらうから」と嘘八百を並べ、親にはだれだれと練習するんだ、といい毎夜遊びに出かけた。つじつまを合わすため多少は走って帰るが、後は文字通りの夜遊びである。子供が示し合わせて健全な(?)夜遊びができるいい時代であった。
 
 子供心にも静まりかえった住宅街というのはどうということはないがドキドキしたものだ。
 いつも見慣れた町並みがそこにはなく、公園も夜訪れると、日頃満員で順番待ちの遊具(あのころは公園が子供であふれていたのだ)が自分たちだけで独占できてやけにうれしかった。
 安全といえば、車もめったに通らなかったが、かえって道路の街灯も間隔が長く少なく、歩いていく内に影が伸びたといっては暗闇に消えていく。自分の後ろにうっすら長い影が生まれ、そんなことのくり返しだが、こんなたわいのないことも昼間には絶対に味わえない楽しみだった。

 今から30年くらい前のことだから、のどかな時代であった。現代のようにあやしい大人も住宅地には出没せず、受験塾などもなく子供にとっては天国だったような気もする。
 さて、高度成長期の日本である。あちこちで道路工事をしており、その都度、工事を知らせる点滅灯が夜ゆえにいやでも目についた。
 「あれさ、何でチカチカすんの?」
 と私。こましゃくれた悪友が
「あれはバイメタルって金属で点滅すんだよ。クリスマスツリーとおんなじ。そんなのもしらねーのかよ」
 という。「電池は?」「うーん・・・棒の中にあんのかな」
 悪ガキたちは当然その疑問をそのままにしなかった。昔のあのマッチ棒を突っ立てたような点滅器を一つパクリ、頭のプラスティックをとりみなで分解した。
 悪友の予想通り電球に長細い電池らしき棒がついていた。後でわかったことだが、車のバッテリーなどで使っている液体電池でその中は希硫酸だったようだ。
 「どこがバイメタルなんだよ?わかんねーな」といじくり回している内に内容液が漏れだして
 「なんかさ、指が熱いんだけど」と誰かがいう。
 「あれ、おれの指ぬるぬるしてきたぞ」
 とバカ丸出しの行為のあげく放り出し捨ててしまった。
 みなは飽きてしまっただろうが、私はどうしても構造が知りたかったので、その後も一人で夜遊びする際もやけどしないように気をつけて定期的に点滅器を分解した。(貴重な税金をすみません)しかし、バイメタルの構造はわからずじまいであった。しかたがないので、あきたついでに、耐久試験を勝手に始めた。

  夜の無人の畑に忍び込んでその点滅豆電球高く放りあげる、驚いたことに何十回の投擲にも壊れなかった。電球のくびがかなりよれてねじ曲がっていても、規則正しく点滅していた。今度はこっそり持ち帰って、庭に埋めてみたが、うろ覚えかもしれないが10日くらいはゆうにもっていたと思う。水に入れたらどうなるだろうと思い、水につけてみたが壊れなかった。驚嘆するほどの耐久力だった。考えてみれば当たり前である。風水に耐える構造でなければ元々用を足さないのだ。だが、当時すぐ壊れる家電が全盛だったので、このタフな電球に異常に感動した。
 
 そのうちマラソン大会が来てしまい、夜遊びの口実を失った私は実験という破壊活動を自然にやめていった。
 
 どうしたものかそれから、ほどなく体の調子が悪くなった。1ヶ月以上微熱が続いて学校を休みがちになり、結核までも疑われ近くの医院で血液検査をした。
 私の記憶に残る初めての血液検査だっただろう。針の痛みはどうってことなかったが、血を抜かれているのを凝視している内に目の奥から黒い同心円がたくさんあらわれ、それがあのさんざんいたぶった点滅灯のバイメタルのように明滅し、瞬く間に増殖し、猛烈に眠くなった、というか意識を失ったのだ。気がついたら医院のベッドに寝かされていた。顔が真っ青になってぶつぶつうわごとを言っていたらしい。
 
 今は仕事柄そのような採血に伴う「交感神経反射」の脳貧血はよく見るし理解しているが、そのときの自分は大病なのではないだろうかと恐怖におののいた。その大病も子供ながら
 「いろいろ夜遊びで悪さをしたためではないか」
 と勝手に信じ込んだ。
 その後、比較的落ち着いていろいろな本を読み始めたのか、つきものが落ちたようになってかなりおとなしくなったらしい。そんな、臆病なこざかしいくそガキだったのが、今は医師としてえらそうな顔をしているのがちゃんちゃらおかしいとお感じの方もいらっしゃると思う。
 
 福沢諭吉先生がなんといおうと電球のたたりは存在する・・・かもしれない。

 それは冗談だが今の私はそんなものあるわけがないと断言する。
 えも知れない恐怖とはやはり子供心がもたらす、「やましい心」なのだと。
 私のやましさとはまぎれもない破壊活動であった。

  「この病気はご先祖の行動がたたりですぞ。・・・この印鑑と壺でおはらいを・・・」
 と脅し、はた目から見ると普通なら絶対に引っかかることがないのにと、じだんだを踏みたくなるなる詐欺も
「ご先祖様に対してやましい心」
 があるからなのではないだろうか。ひいては高価な健康食品にだまされる方々も
「いつも健康にわるいことをしていてやましいなにか」
 があるのではないですか?やましさとは疑心暗鬼の母親である。
  
 クリスマスツリーのような工事の点滅灯はめっきり少なくなった。カエルの卵のようなチューブに電球を入れて私のようなガキのいたずらされないようにしているところが多いようだ。
 自治体も悪ガキどもの活動による損害が大きくて考えたのかも知れない。

 あの時の自分の体の不調の原因が何に寄るものかは今でもわからない。
 が、点滅灯のたたりだと信じていたために家族にもいえず、おかげさまで、その後もう少し大きくなってからの普通の夜遊びはしなかった。まあ、夜遊びの質が違うようだが(笑)これこそまさに災い転じて福となす・・・なのだろうか?この話も同窓会の肴にしようと思っている。
 
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2004年10月1日金曜日「ドクターはいらっしゃいませんか」
 「急病人が出ました。どちらさまかドクターはいらっしゃいませんか」
 スチュワーデス*が叫ぶ。ドラマでおなじみの飛行機でのシーンである。私ももちろんだが不思議なことに私の知り合いにも、まだこの手の経験に遭遇した医師はまだいない。たとえ、ドラマ張りに名乗りあげたところが、とんまなことをして恥ずかしくて黙っているだけのことかも知れないが(笑)しかし、もしも、と思うとちゅうちょするのはいなめない。
 
 さて、そういう場に出くわして間違って反射的に手を挙げてしまったとして、ハタと考える。
 まずブラックジャックのように麻酔と手術道具一式とを携帯している医師はいない。たとえいても、チェックインの時、ゲートを通れないだろう。大事そうに聴診器を抱いて乗り込む医師もいないから、文字通り「徒手空拳」である。飛行機の救急セットは何が用意されているか不勉強でよく知らないし、アシストしてくれる頼りになるナースもいないだろう、医学書や教科書も携帯していないだろう。真の実力を試されるときがきたようだ。よって機内で何ができるかを素早く見極めながらの診察となるはずだ。
 
 想像の域を出ないが、苦慮すべき事態はやはり専門外の病気で重症度がわかりにくい場合だ。
 なにぶん検査しなくては正診できない、などと悠長なことを言ってられない。人命がかかった場合、飛行機の緊急着陸の指示すらしなくてはならないのだ。しかし、あわてて、過剰に診断してしまって着陸態勢に持って行き、その間に患者さんがけろりと治ってしまったら、みっともないどころでなく、ほかの乗客に大目玉をくらうことになるだろう。それくらいならまだいいが、
「商談がダメになったとか」「試験に間に合わなくなった」
 とか言われて賠償責任すら発生するのではないか?まあ、善意の診察だからそれはないとは思うが、それでも医師としてそうとうバツの悪い冷汗三斗状態となるに違いない。

 実はいつでもそうだが医師が診たときの重症度の判定の軸となるのは
 「これは様子がおかしい」
 というカンしかない。見た目の第一印象がすべてといいかえてもいい。
 ぱっと見の顔色、呼吸数、意識状態で見当をつけ、実際の診察となる血圧や体温、聴診所見はあとからついてきて、診断を補完する。
 
 このような考え方は日常の診療でも非常に役に立つ。さらに保護者などがいればなおよろしい。
 たとえば、小さなお子さんを連れたお母さんの表情を見るのだ。実際小さな患者さんの診察の前におおよそ重症度がわかってしまう。もちろん神経質な親御さんで、あわてて連れてきたものが、軽症で大山鳴動して鼠一匹という場合もある。しかし、たいがいはお子さんの重症度はお母さんの態度とカンに比例することが多い。
 それがもっとも役に立つケースが、こちらがざっと診たところ「たいしたことがないようだ」と判断しても、お母さんの「いつもと違って様子がおかしいんです」という情報はかなり正確なので、あわててみなおしたり、精密検査に踏み切ったりする。はなはだ頼りないが、ここは肉親のカンが医療知識に勝ると言い訳しておこう。

 飛行機内での診察は大変便利な(失礼)お母さんはいらっしゃらない。すべて自身の経験と知識に頼らなくてはならない。そこまで考えてしまうと、冒頭の状況でとっさに手を挙げて名乗りあげる勇気がなくなってしまうのも同意していただけるだろうか。
 医師とてスーパーマンでなく、ましてや卒業してからは研修は大学病院で行うことが多いため、自分の守備範囲の疾患ばかり診て経験を積み、大学を離れては日常の病気ばかりに囲まれてしまう。
 突然、倒れてしまうような疾患に遭遇する機会が少なく(または皆無で)「救急ハンドブック」の知識くらいということになりかねない。
 幸い私は外科だったため、救命救急センターに数ヶ月勤務する機会があった。そのときはなかなかツラいものがあったが、初期治療に関してはいい経験をさせてもらったなと感謝している。
 
 実はしかし、救命救急センターなどでは医師が詳しく所見をとる前に何が何でも患者さんをとにかく機械を一度通してしまうのだ。
 担ぎ込まれた患者さんはすぐ胸部レントゲンを寝たまま撮られる、その間、両手両足に生きのいい研修医が飛びかかり点滴の針を刺す。心電図もつけられ、たとえたいした病人でなくてもあっという間に重病人の格好になってしまう。一時、末期患者がいろいろなチューブをつけられたのを「スパゲティ症候群」と呼んでいたがまさにこの状態である。かなりきつい冗談だが、救命センターではいったん重症に見えるようにしてから治療を開始することも多い。
 まあ、間違いが起こってはならないし最新機器の各種モニタ類はたっぷりと使えるから、患者さんの把握は一目瞭然である。極端な話で恐縮だが、またこれはこれで医師の目を鈍らせている一因かもしれない。

 古いジョークにこういうものがあった。
 中世の名医の話だが、このお医者さんは見立てがよく評判の名医だった。彼の唯一の欠点は酒好き。
 この日も知り合いの慶事によばれしこたま酒を飲んでいた。同席者の友人が
 「おいおい、そんなに飲んでいいのかい?患者さんは大丈夫なのか」
 と言うとその名医
 「大丈夫だよ。10人くらい入院がいるがね」とけろりとしている。
 「え!それなら、酒なんか飲んでいる場合じゃないだろう」と友人は色をなすが、名医の彼はこう答えた。
 「大丈夫だ。患者の5人は世界中の名医が集まっても殺せないほど元気だ。残りの5人は世界中の名医が集まっても助けられない。だから俺はここで飲んでるんだ」
 
 まあ、医師なんてこんなもんです(笑)
 ここでのキーワードは逆説的に「見立てがいい」ということ。彼の能力がすぐれすぎているので、人間の無力が見えてしまうんですな。それとわからないDrは患者さんをいじくり回して、結局悪くしてしまうことだってあり得る。かつてもコラムで書いたかも知れないが、私は医師の腕は見立てと大局感が基本だと思っている。
 
 医師の飛行機内での立ち振る舞いが実は医師としてどんな試験や資格より、その資質を見抜かれるシチュエーションかも知れない。それを本能的に察しているので、私のような横着者で半端者は自信を持ってさっと「ここにいますよ!」と言えないのかもしれないが(笑)

*スチュワーデス:もちろん現在のCA(キャビンアテンダント)のこと。当時はまだこの呼称だった。

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2004年11月8日月曜日「頭痛持ちのキャラクタとは」
ナポレオンは時々耐え難い頭痛の発作があったらしい。そしてナポレオン自身は几帳面で窮屈な将軍だった。彼の統率のもと軍紀が厳粛になるのはしかたがなかったかもしれない。
 彼はいかなる時でもだらしない格好を嫌ったので、兵士にも軍靴を常にぴかぴかにしておくことを命令していた。彼はコルシカ(イタリア・ジェノヴァ共和国の属国だった地中海の島)生まれで生粋のフランス人ではないが、いかにもおしゃれなイタリー&フランス人気質だったらしい。
 ある豪雨の時、閲兵したナポレオンは一人の兵士の靴が汚れているのに気がついた。「君、靴が汚れている。」
 ものぐさな兵士だったらしく、またナポレオンもまだ下士官くらいだった頃のエピソードなのだろう。兵士は口答えをしてしまった。
 素直にハイと言えばよいのに「しかし、外は大雨です。すぐに汚れてしまうではありませんか」と反論した。これにナポレオンは頭が痛かったのだろうか、突然キレた。「そうか、なら君は今日から食事は不要だな。食べてもどうせすぐ腹がへるのだから」むちゃくちゃな論理だが、これはどうやらナポレオンの勝ちである。

 私は机を片づけることができない。片づけてもどういうわけかすぐに散らかる。家人は机の回りにいらないものが散乱しているので見ていると頭が痛くなるので捨てる、と威すが、冗談ではない、必要なものだから手の届く範囲に散乱しているのである。家人はナポレオン並の頭痛持ちとも思えないが、しかし下手に片づけるとどこへしまったかわからなくなり、探している内に「お、こんなとこにしまったのか、久々に見つけたな」と、当初の目的と違う本に巡り会い、懐かしさでそれを立ち読みしてしまい、読みふけっている間にそのうち何を探していたのかさっぱり思い出せなくなることがあるので困るのだ。これではアルツハイマー病である。
 そんなわけでパソコンの回りにはいろいろ積み上げているので、大きな地震でも来たら一発で倒壊してしまうようなあやういエリアになっている。医者仲間にも同好の士は多く、医局生活時代でも私だけでなくあちこちで机の過重積載が見受けられていた。机がもらえるくらい少しエラくなった頃、「お、あの先生の机、倒壊寸前」とよくいわれていたものだ。おいおいこんなのでちゃんと仕事してるんか?とご心配のことであろうが、せっぱ詰まると、狂ったように大掃除を始めるので、大崩壊する前になんとか帳尻は合っていたと思う。しかしナポレオンのような頭痛持ちで几帳面な先生からはいつもしろい目で見られていたようだ。私はたとえばマンションのモデルルームの写真のような無機質で本が一冊も見えないという部屋はかえって落ち着かなく我慢ができない。明治時代の文人の書斎や書生の居室のような、平積みされた本がうずたかくなっていて、その合間に埋もれて寝転がっても、いろんな本に手に届くというそんな極端な部屋にあこがれるのだ。窒息しても本望だ(笑)

 以前から勉強のスケジュールや仕事の段取りなどを書き付けてはいつも計画倒れになってしまっていた。小学生時代から「一週間の勉強の予定表」なんて机の前に張り出しては、守り通したこともなく、長じては「〜までに〜をやること」という(今風にいうとTo Doってやつですな)ビジネスマン必携の計画とも言えるこれらもちっとも守れない、パソコンの予定表も最初の内は面白くて打ち込んでみたりするんだが、後で見直すこともないので、まるきり時間の無駄であった。突然鳴り出したりするので不愉快なアラームもはずしてある、これではなんにもならない。ただデスクトップに貼り付けるポストイットソフトは少しだけ重宝した。飲み会の予定を書くのに最適だ(笑)、しかしそれも次第にめんどくさくなり本物の付箋をディスプレイの角に貼り付けるようになったので、汚らしいことおびただしい。何をしてるんだか情けない限りである。
 片づけてもまた散らかる、と泣き言をいっていると、ナポレオンみたいにご飯を作ってくれなくなるかも知れないので、しかたなく、たまにきれいに見えるよう本を机の角に寄せてみたりするのだ。

 ユダヤ格言風であるが「人には片づけられる人とそうでない人の2通りしかない」と言えよう。最先鋭な几帳面人の中には、本やまたは自分のものが曲がっておかれるだけでも嫌う傾向が強い人がいる。これは病的とも言えるし、手を何度も洗わなくては気が済まないという強迫神経症に近くなってくるとさらに問題である。
 片づけられるというのはデオドラント(清潔好き)とも違うようだ。それに、逆にずぼらであるという美点(?)はさまざまなストレスに強いのではないかと推察している。なによりも「机きたなし、頭痛なし」と私は勝手に格言を作っている。先に述べたように、頭痛持ちの人は、頭が痛くならないように机を片づけているのか、机を片づけられる人に頭痛が多いのか、「ニワトリと卵はどっちが先か」みたいな話だ。医学的根拠は全くないし私には真相はわからない。
 
 頭痛持ちの人は発作が出るとこの世の終わりのような表情をして来院する。お見受けしたところ、大部分は几帳面な方が多い気がするがどうであろう。最近は片頭痛なども立派な病気の一つということで通院することが一般化したが、以前は「頭痛なんか病気に入らない」とおそらく我慢に我慢を重ねていたのではないだろうか。市販薬ではおさまらない片頭痛も数種類の特効薬が処方できるようになり、ぴったりとした薬を選択すればかなり患者さんも楽になったようである。
 
 ナポレオンは頭痛持ちであった。さらに音楽家のハイドン(「交響曲の父」一日の生活は寸分も狂わず何十年も繰り返していたほどの几帳面。発作が出ると大変苦しんだそうだ)、作家樋口一葉(新五千円札、井上ひさしの戯曲「頭痛肩こり樋口一葉」でも記されており頭痛持ちだったことは有名)、明治維新の木戸孝允(桂小五郎、維新三傑の一人。晩年の日記は頭痛の記載ばかり)みな文献で記されているほどの頭痛持ちであった。4人ともどうやら片頭痛だったのではないかと推測されるが、(ただし一葉は執筆姿勢が悪いための緊張性頭痛ではなかったか、ともいわれている。)共通する点はその通り4人ともきわめて几帳面だったのですね。めちゃくちゃずぼらで片頭痛持ちのエピソードの偉人。

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2005年1月19日水曜日「リドル・ストーリー」
 私が医師になり立ての頃は末期の癌患者に告知しては絶対にいけないという暗黙の了解があった。癌患者はただでさえ肉体的に弱っている上、精神的に追いつめてしまっては、食欲も低下するだろうし、癌の進行もはやめて残り少ない命を縮めてしまう可能性があるからだ。
 と、しごくもっともな話でそれを先輩たちから聞かされ、経験も知識もない私は疑いを差し挟まず、その教えを墨守した。その際、たとえなのか実話なのか真相は不明だが、その医学的証明として(?)よくこんな話を聞くことがあった。
 
 ある病院に徳の高い僧正が末期癌で入院した。所作ふるまいも立派で、静かに
 「私の病はなんですか」
 と尋ねた。さすが悟りに近い人は違うと主治医が感心して、この方なら告知しても大丈夫に違いないと判断した。そこでこれこれであなたの余命はいくばくもないのです。と話したところ、たちまち落胆されて、その日から食もほとんど断ち、枯れるように死に急いだという。 彼の死後、主治医は後悔して、
 「ああ、人間はどんなに修行をつんでもやはり弱いものなのだ」
 と二度と告知をしなかった、という話だ。出典はわからないが全国の病院で語り継がれる「花子さん」式の小話のようだ。私より上の世代の医師はきっと一度は聞いたことがあるはずである。
 
 最近はホスピスなどの施設にメンタルなケアのバックアップスタッフが充実してきているので、この古典となった逸話はたぶん若いドクターは聞かされることはなくなったことだろう。むしろ告知をしっかりして意義のある生をまっとうしてもらいたいという姿勢の病院も多いはずである。私は無我夢中だった研修医時代はほとんどものを考えるということがなかったが(それも怖い話ではある)今改めてこの話を振り返ると、厳密には違うかも知れないが
 「リドル・ストーリー?だったのか」
 とふと感じることがある。

 リドル・ストーリーというのは小説の一技法で、結末をはっきり書かず、読者の想像に任せる(大抵は二者択一)というタイプのものだ。有名なところでは「女か虎か」という小説がある。こんな話だがなかなか面白く、不謹慎だが、酒席でも使える話かも知れない。

 昔、ある国に残酷野蛮な王がいた。王は犯罪者には命がけの裁判ゲームを命じていた。犯罪者はコロシアムに引き出され、目の前の二つのドアのうちどちらかの扉を開けなければならない。一方の扉の向こうには狂暴なトラがおり、一方の扉には美しい娘を隠している。虎の扉を開けた者は、瞬く間に食い殺されるが、美女の扉を開けた者は、その瞬間に許されて彼女を花嫁に迎えることになる。
 しょうもない王だが彼には溺愛している一人娘がいた。が、彼女は身分の卑しい若者と恋に落ち、若者は王女を連れ出そうとして捕まり、王女誘拐の罪で裁判を受けることになる。
 裁判として闘技場にひきだされることになったが、彼も含めだれもどちらの扉の奥に虎がいるのか知らされていない。しかし、王女はある手段でそれを知ってしまった。
 当然、王女は迷いに迷った。なぜかといえば、虎を選べば若者は殺されてしまうが、助かれば王女は失恋して若者は美女と結婚される。どちらにしろ王女にいい目はない。若者にはもちろん生きぬいて欲しい、だが生き残ったら自分と結ばれず美女のものとなる・・・自分でない女とは絶対に結婚してもらいたくない・・・

 迷った王女はついにある決断した。

 闘技場に引きずり出された若者に、王女はひそかな手の動きでを若者に伝えた・・・彼女は本当のことを伝えたのか?嘘をついたのか?そこで小説は終了し、作者は末尾で
 「すべての解釈を読者に委ねる。開かれた扉からは、どちらが現れたであろうか?女か、それとも虎か?」
 と書き、筆を置いている。

 酒席でわいわい議論するもよし、これはとおもうオチでご自分で密かに結末を書き続けるもよし、楽しみ方はいろいろありそうだ。

 さて、高僧の話に戻るが私がリドルでは?と思ったことは西行法師の有名な辞世の句を読んだときのことである。
 かの高僧も、もしかしたら西行と同じような境地に達したのではと感じたからである。
 西行は
 「願わくは花のもとにて春死なむ、その如月(きさらぎ)の望月(もちづき)のころ」
 という有名な辞世の句を詠んだ。
 彼は、できることなら、春の2月(旧暦)の満月、満開の桜のもとで死にたい、と詠んだ。
 そしてその約10年後、葛城山麓の寺で2月16日に生涯を終える。もちろん自殺などではなかったらしい。これは偶然だろうか?旧暦は太陰暦なので月の満ち欠けの通り1日が新月で15日が満月にある。満月に遅れることわずか1日で西行は十六夜(いざよい)にlong goodbyができたことになる。
 彼は死の前日、まさに「如月の望月」を見て満足だったのだろう。実は彼は遠からず死期を悟った際、2月15日前後に死ねるよう自らの強い「生前意志」のために「絶食」などを試みたのではないだろうか?と疑ってもおかしくない状況である。
 
 さて、末期癌のかの高僧も西行の故事に習って死期を悟って
 「そういうことなら、みずからある定めた日」
 に生を終えたかった・・・

 そう解釈すれば主治医が見たような落胆して食を断ったのではなく、一転して入滅の日を夢見て心安らかな日々を過ごし、涅槃に近づくため食を断ったことになる。
 その解釈によっては、高僧の心の風景が180度反転する、大どんでん返しである。これこそ、永遠の謎のリドルストーリーでは、と膝をうった。(は言い過ぎだが)果たしてどうなのだろうか?考えれば考えるほどわからなくなってくる。

 これはお話だったが、小説より奇なりといえる人生はその瞬間刹那リドルストーリーの連続である。人生の選択は常に二つだ、そして実際に選ばなかったその一方の扉の答えは永遠に知るよしもない。
 そして私どもとしては、あの診断はあっていたのか、あの治療はよかったのか、そうしなかったらその後の患者さんの容態や運命は?というような医師の仕事は常に自分の運命をもてあそぶではなく、人の運命の転轍機(ポイント)に立っている鉄道員のようなものだ。もしそうであるなら、列車が通るたびに、常に「楽園」に続く線路を選んでポイントを切り替えていけたらなと切に思っている


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2005年3月22日火曜日「遺伝子組み換え技術は?」
 豆乳をけっこう好んで飲んでいる。納豆などと同じように好む人とそうでない人にわかれる割と「キャラのたった」食品である。栄養学的には豆腐みたいなものだし、高価な得体の知れないサプリメントのなんたらかんたら酸だのと違って安くて手軽なので重宝している。そこで、忙しいときなどサンドイッチを食べる際はこれと野菜ジュースを交互に飲んでたりして一応健康に気を使うふりをする(笑)。

 さて、豆乳のパッケージの横書きに
 「遺伝子組み換え大豆は使用しておりません」
 といつも書いてある。こういう表示は子供たちの好きなポテトチップスにもそういうジャガイモは使っていませんと書いたあったりする。それも目立つように色を変えて強調してあることが多い。

 私はあまりバイオに詳しいわけではないので、その表示を見るとちょっと首をかしげてしまう。農作物はどうしていけないのだろうかと。なぜなら「遺伝子組み換え」の技術はもうだいぶ前から医薬品では欠かせないものだったからだ。インスリンをはじめとするいろいろなホルモン製剤をはじめとして、ウイルス性肝炎の特効薬インターフェロンなどもこの技術がなかったら、作り出すのにコストがかかりすぎとても満足な治療などできなかった。
 一方、消費者が目くじらをたてる遺伝子を組み換えられた作物は食料として食べた場合でも、タンパク質はおろかDNAの本体である核酸まで消化管で分解されてしまうので、体に吸収されるときは問題ないはずである。

 医薬品は注射製剤が主だから、それがもし体に悪いものならダイレクトに影響を及ぼしてしまう。しかし薬ならみな目をつぶるのに、食材には手厳しい。
 「何言ってんだ。食材だったら多くの人が食べるだろう。万が一、やばいことになったら取り返しのつかないくらい被害が広がるじゃないか」
 なるほど一理ある意見ではある。最近でもフィリピンでも芋菓子(キャッサバ)を食べた小学生が数十人食中毒で命を落とした。やばい食べ物とはそういうイメージがわくのだろう。
 だが、薬は可、食材は不可を突き詰めると、病人は薬を使わないと命に関わるんだろう、つべこべ言わず、安いんだから文句言うなっていうことか?さらに被害が出ても使った病人のみ、なので被害が広がらないからいいや、ってことか?

 現在の風潮や規制はそういう病者を切り捨てる側面がないと言い切れるだろうか?だからとって、私は全面的に遺伝子組み替え技術礼賛しているわけではない。体に害があるならば当然すぐにやめなくてはならないだろう。しかし、今まで、組み替え大豆なんか全く食べていないよ、我が日本の方は言うかも知れないが、組み替え大豆を食べた輸入ウシだの、組み替え植物の油だの表示義務のない食材はさんざん食べているのだ。
 誰もウシも体がおかしくなったなんてことは聞かないので、おそらく加工された遺伝子組み換え食料はほぼ安全なのであろう。薬もこの加工品の仲間だからよいということになるのだろうか。この二重規制=ダブルスタンダードの状態が実に気持ち悪く落ち着かない。何事も科学的根拠を示した上で議論すればよいのだが、どうもこの国では感情が先に立つと話し合いのテーブルにすらつかないような気がする。

 なぜ狂牛病がこわくてウシを全頭検査しなくてはいけないのか?害虫を殺す遺伝子組み換えの大豆は残留農薬がないのになぜ食べないのか?
 これらにはっきりと科学的根拠で自分の意見を言える国民は果たして何パーセントいるのだろう。知識の多寡はともかく、おそらく、みなに共通する感情はひと言でいい表せる。
 「遺伝子組み換え?そんなの気持ち悪いよ。」
 ですんでしまう。しかし、人類は今まで遺伝子組み換えを無意識にやってきた。それは、掛け合わせで行う品種改良だ。身近にはイネ、ジャガイモ、黒や青の色を出すために百合の花だってそうだし、より早く走るために改良するサラブレッドだって遺伝子的には組み替えて取捨選択してきたことと同じだ。このように、自然にならどんな特化した能力を持つ種が生まれてもよく、遺伝子操作のような人為的ではダメというのはどうだろう?人類はそこにある技術があればそれが良かろうが悪かろうが封印することはできない。この組み替え技術もその一つだろう。

 ゴールデンライスという遺伝子組み換えされた米があるのはご存じだろうか?
 飽食の日本人には無縁であるが、西東南アジア、アフリカ諸国の貧困層では食料がない。離乳する赤ちゃんはわずかに手に入る米をおじやにして食べるのだ。餓死は免れるが、ビタミンAが不足して目が見えなくなる。それらの地域ではおよそ毎年100万人の乳児が失明している。

 遺伝子組み換えでβカロチンを作り出す能力の遺伝子を掛けあわせてできたのがこのゴールデンライスだ。この米を作付けすれば盲目の乳児はいなくなるのだ。が、遺伝子組み換えを強力に反対する環境団体はこの米すら穀物メジャーの商業支配の産物と言っている。「米がないなら肉を食べろ」って?(笑)それではマリー・アントワネットだ。どちらが正しいとは私もわからない。ただ私なら、ここに失明する乳児がいて、このお米を食べるだけで目が見えるのならためらいなく食べさせるだろう。一医師というものはそういうものだし、政治的見解は持たない方がよいとも思っている。受け入れるかどうかの選択はもうそこまで来ているが、日本はまだまだ幸せだ。お好きなら有機でも無農薬でも自家栽培でも食べられる、そして作るのもめんどくさいならお金さえあれば、「イヤなもの」を食べなくてもよいのだから。


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2005年4月27日水曜日「初卵の医療」
 「美味しんぼ」というグルメ漫画がある。かなり長く連載されているのでご存じの方も多いと思う。*
 
 主人公の山岡士郎はある新聞社のお荷物ダメ記者である。しかし、陶芸家兼食文化研究家の海原雄山を父に持ち「食」の知識にかけては誰にもひけをとらない。が、あることで家を出て父雄山に勘当され、それ以来二人は不倶戴天の仲となる。(海原雄山は北大路魯山人をモデルとしたオヤジである。)
 
 士郎はダメ社員だが、新聞社の企画で文化振興のため「究極のメニュー」を作ることになり、士郎がその担当者となるところから漫画の連載は始まる。しかし、ライバル社が同じような企画をぶつけてきて、その総指揮に雄山をむかえ、士郎の新聞社はそれを知り「企画の盗用」と抗議したが、「紙上メニューで勝負しましょう」といなされる。新聞社の企画対決がそのままこの因縁の親子の激突となった。そして、この二人が食材を決めて、同時にグルメ勝負をするのが主軸となり横糸にいろいろな食に関する事件をからめながら進行するドラマだ。何度かこの親子は真っ向ぶつかり合うが、決着はつかない。が、子の士郎は雄山にほんのわずか一歩届かないことが多い。ライバルを倒せそうで倒せない、そのくらいの寸止め状態がもっともドラマとしては面白いのだろう。
 
 さて、一番最初の勝負のテーマは「卵の前菜」を作ることであった。士郎は新鮮な卵の黄身にトリュフソースをかけた料理を出し審査員を魅了する。が、対する雄山は一見、見栄えのしない「卵の黄身のみそ漬け」を出すのだが、士郎の料理を圧倒する評価を得る。みそ漬けはトリュフソースかけに比べ難しくもなく、ありふれており、なんの工夫もいる料理ではない。しかし、その味の違いは歴然としていた。
 敗北を悟り呆然とする士郎に雄山は悠々と種明かしをする。
 雄山は大豆から選りすぐって味噌を作り、最高の材料を使ったことを、まずのべて
 「だが、この秘密は卵にある」
 と勝ち誇って言う。使用した卵を産んだ鶏は最高の品種で自然養鶏を行いエサも自然食品、特に卵黄は雛に必要な栄養が集まるので、「不純物が混じらぬよう」それこそ手塩にかけて生育したと。
 士郎は猛然と反論する。
 「自分の使った卵も当然そこには気を使った。最高のニワトリで最高の卵のはずだった」と。雄山はほくそ笑んで言った。
 「ニワトリだけではない。ワシが使った卵は初卵(はじめて生んだ卵)だ。当然、鶏にとって初卵は生涯ただ一つ。その蓄積された栄養素が凝集しているので珍重する人も多い。」
 士郎は絶叫する「!!、そんなの迷信だ。神秘化しているに過ぎない。なんの根拠もない!」

 私もこの時、士郎に同調した。
 何言ってるんだ。初卵などにそのような根拠はあるはずがないだろう。そんなこと言ったら、人間だって初卵受精に当たる長男長女がもっとも栄養価が豊富で成長に有利ってことになるじゃないか、と。
 「なるほど、私もそんなことだろうと思う」と、雄山はあっさり士郎の反駁を受け止めた。が、こう切り返した。
 
 「だが、人間はどうやって初卵を手に入れるか。鶏を飼っている人間が一羽一羽ずっと注意深く見守っていなければ出来ないことだ。それほど注意深く育てられた鶏の卵は、初卵であろうとなかろうとその中身は素晴らしいに決まっている。完璧な健康状態にあるようにと見守られ続けた鶏の卵なのだからな。」
 
 これで勝負あった。
 士郎はぐうの音もでず、完全に打ちのめされ大敗北となるところだったが、士郎シンパの名士陶芸家が雄山の師であったためか、助け船を出し、引き分けにまで持ち込んでいくが、それはさておいてよい。
(美味しんぼ15巻「究極vs至高」より)

 ながながと漫画の筋を引用して述べたのはわけがある。雄山の説は強引な三段論法による全くの詭弁である。しかし、「初卵高栄養説」の真偽はともかく、論理の展開としては非常に説得力がある。私は雄山の匠(たくみ)精神主義はあまり好きではないがある医学の一シーンに当てはまることを思いついたのでここに記した。
 
 前々回コラムで癌に対する治療において悲観的な話をした。だが、第一線で癌治療に携わっている医師は「癌に負けてたまるか」と歯を食いしばって癌を撲滅するため(というより、目の前の患者を救うため)に日夜努力をしている。その姿勢にちゃちゃを入れる気はない。立派な精神で本当に頭が下がる思いである。
 しかし、癌治療医がトータルで考えると、(医学論文での総論的には延命効果は白血病、リンパ腫などの血液系統の癌を除いてほとんど証明されない)なぜ悲観的とも言える化学療法を続けていけるのか。数多くの癌治療医が「癌と戦うのをあきらめるな。私と共に治療しよう」と患者にメッセージを送って、一定の成果を上げているのはなぜか。
 私も懐疑主義ながら、いろいろな彼らの著作を読んだ。というか、私とて、ただのシニカリストではらちもないので、かなりちゃんと読み込んだ。
 そこで気づいたことは治療派には、雄山のいう「初卵」効果を無意識に見込んでいるのでは、と思った。それが意識的か無意識的かは問わない。
 
 癌をあきらめてはいけないという医療態度には常に一筋の光明を与える。それは、「一人一人の打ちひしがれた患者さんを本当に優しく手塩にかけている」と同じ態度だ。大概の末期癌患者たちは「余命○ヶ月、もはや手の打ちようがありません。あとはホスピスで」と言われた方が多い。希望を打ち砕かれた人々はあきらめきれずに民間療法に頼るか、癌治療医を訪ねる。そこでも、きっと予後については激しい言葉を投げかけられるだろう。
 が、「希望は捨ててはいけません。私があなたの治療を責任もってします」と言われたら、どうだろう。そこで民間療法などのまがい物の治療を受けたなら、有り金巻き上げられて命を縮められることもあるかもしれない。しかし、信用のおける真摯な治療医が絶望的な病状でも見守ってくれているとしたら、意地悪な見方しかしない私でも「よし頑張ろう」と思うだろう。そしてその力の源となる意思の力と免疫力は癌に対してはあなどれず、私のような懐疑主義者でもその効果は十分認めている。
 私は不治の癌の延命期間は希望の量に比例する、とまで思っている。が、それを学術的に証明することは難しい。第一、医学論文とはその態度を除去して発表しなくてはならないのだ。つまり、どんな治療医でも同じような治療ができるようなものを目指しているゆえに。
 つまり、医学とはいいかげんでも真摯でもその性格にかかわらず、同じ効果を出さないとまともな治療と認めないのだ。医療はおそらくこのもっともコアな部分において「初卵」効果にも似た効果は医学の方法論では最後まで証明できないことだろう。

 医療は結局は薬や技術のようなハード部門の発達よりも延命などの実利を得るためにはソフト部門が充実しなければならないのだろうと思うことしきりである。人間は一度きりしか命のやりとりをしない、となれば「初卵」を見守ってくれるような医療者を捜すことが、大切なことなのだろうか、と思わざるをえない。

 *美味しんぼ:1983年よりビッグコミックスピリッツで連載されている。震災原発問題の章で批判され、2014年以降休載中

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2005年6月24日金曜日「共感覚」
 人にはさまざまな固有の記憶がある。人生の節目にイベントがあったときなど強烈な印象を残すものは覚えていた当たり前である。しかし、なんのへんてつもない子供時代の普通の日々、たとえば、ある日の幼稚園の砂場で遊んでいて母のお迎えをひたすら待っていて、そして園の門前に現れた親に駆け寄るシーンなど、たいそうな事件が起こってもいない日常の断片もなぜか覚えていることがある。皆、ディテールは違うだろうが、いつでも思い出すことができ、そしていつまでも忘れない、そういう懐かしいカットがきっとあると思う。
 
 私には「におい」で思い出すあるシーンがある。

 私が5歳児だった時、ある地方に住んでいたのだが、自宅の隣の家は「材木屋」さんであった。同い年の子がいて、晴れの日も雨の日もつるんでよく遊んでいた。
 隣の家のトタンの屋根のついた材木置き場は背よりはるか高い木材を立てかけてあり、その様は天空にとどくジャックと豆の木のようで、見上げるたび子供心にその頂上を想像し心ときめかしていた。ところ狭しと並ぶ木肌の色は見事なほどあざやかで、何よりもいつでも香る材木のにおいはとても心地よかった。
 しかし、田舎ゆえ、晴れてさえいれば野原や河原に駆けだして行き、材木のことなど全く忘れてしまっていた。だが、雨が降ると、野山では遊ぶところがなく、メンコだのビー玉だのいっぱい抱えて隣へ行く。彼と遊ぶというより彼の家の材木がすこぶる魅力的であった。
 
 たててある材木の隙間は子供にとってまるで秘密基地で、奥に潜り込むと冬眠熊の穴蔵の中の気持ちが想像できた。雨が降ると木の香りが充満してそれもまた好ましかった。やはり屋根がついている作業場も適度に明るくないのもうれしく、地面は三和土(たたき)のように鈍く光っており、あちこちにアリの巣の穴が見えていた。ここだけは雨のしずくが落ちないためか、大きなクロアリが所在なさげに右往左往していた。五寸釘で土に絵を描く、ジャックナイフのように刺す、ビー玉、メンコなどで日が暮れるまで遊んでいた。はるか高い天井のトタン屋根にバカバカ、パチパチと雨音が時に大きく響く。隣に大きな樫木があり、風が吹くと大きなしずくが屋根に一斉に落ちるのだ。その乱打する音まで今でもはっきり覚えている。

 大人になって旅をする。霧雨が降りかかるような、新緑の中、白くけぶる山中の木造建築、神社仏閣などを訪れる際、誰でも土と木の入り交じった懐かしいにおいを感じると思う。が、私は視覚的な共通の鍵はそこにはなくても、ありありとあの時のトタンをかき鳴らす雨音と材木屋の下の秘密基地を思い出せる。時には、胸に迫るような、泣きたくなるように懐かしく感傷的にもなることもあるくらいだ。そんな特殊なシチュエーションでなくても普通の「おがくずのにおい」でも何かの拍子でつぼにはまるとあの時のシーンがプレイバックする。そのスイッチがはいってしまうキーは自分でも特定できない。

 そんな複雑な記憶の糸をつかさどっている脳の働きはまだ正確にはわかっていない。たとえば、痴呆(認知障害)がある方は新しい記憶、それこそ数十分前の食事の記憶もないのに、私のような古い記憶がいつまでも残っていることがよくある。
 
 脳は部分部分で担当する能力が違う。それが事故や病気で働きが損なわれたとき、初めてどう働いていたかがわかる。たとえば、脳梗塞で右手が麻痺した、CTで見るとあるところがダメージを受けている。ああ、ここが右手を動かしていたのか、とわかる。
 
 今から50年ほど前、てんかんの治療のため脳内の海馬という場所を切除された患者がいた。回復したその後、短期の記憶ができないことと新しいことを学習する能力を全く失ったということが報告されている。昔の記憶、自分の名前はすべて理解していたが、手術後に出会った人の名前は覚えられず、簡単な学習も全くできなくなっていた。
 パソコンのメモリにもにたこの海馬の機能は短期記憶なのだろうか。そしてこの短期記憶がどうすると固着し、永久の記憶になるのかはわかっていない。またその場所も定かではないらしい。ただ今までのような「そこを破壊したらこんな障害が出た」式の実験はすでにやり尽くされており、今まで見つからなかったのならば「記憶」のハードディスクはどこか命に関わる重大な機能をつかさどる脳の一部にあるのではないか。(そこを破壊すると命を落とすため、記憶がなくなったかわからないという理屈)しかし、そうすると小説やドラマでよくお目にかかる長期記憶を失う記憶喪失の説明がつかなくなる。彼らは命に別状がない場合がほとんどだからだ。

 長期記憶はある場所に蓄えられるのではなく、散らばって存在し、各記憶を呼び出すネットワークは縦横無尽に張り巡らされているのかもしれない。そのネットワークの緻密さが記憶にアクセスできる能力、すなわち頭の回転が速い、記憶力がよいと称するのだろう。これは仮説であり、全く推測の域を出ていないが。
 
 ただ、においや連想で記憶がよみがえる事象は脳の「連合野」というところで情報が処理されているらしい。連合野ではありとあらゆる外界の情報を処理してそれが別々のものだと理解する。
 たとえば私がディスプレイを見ながらキーボードをたたいている。どこか、遠くから救急車のサイレンが聞こえる。そのサイレンが決してパソコンから出たものでないことが無意識下にわかっている。こんなことがもしわからないとしたら、私達は音や光がするたびに作業を中止し、その方角を探索しなくてはならないだろう。まるでできの悪いロボットのように。
 
 ある昔好きだった曲を聴く、すると、ありありと懐かしい光景が浮かぶ。私にもあるし、きっと皆さんにもあることだろう。これもまた同じ連動である。
 ところが、もしその連合野に障害が加わるともっと不思議な「共感覚」が現れることがあるらしい。受け取った情報がごっちゃになって錯綜してしまうのだ。
 たとえば上の例で行くとサイレンを聞くとどういうわけか必ずウナギの蒲焼きのにおいがするなど、まるで無関係の五感同士のコラボレーション(?)が起こることを言う。 
 何かをにおったとき懐かしさを感じる私の連合野は病んでいるとは思いたくない。関連づける記憶を伴わない共感覚は病的である、と強引に結論づけたい。しかも、長期記憶と連合野の関係はよくわかっていない。そもそも、懐かしさという記憶に乗っかる感情自体も定量的によくわかっていないのだ。同じ体験を共有していても、ある人には懐かしく感じ、そうでない人もまたいる。このような感情をデジタルでクリアに計測できる日が来るとは思えないが、科学の進歩はわれわれの想像をはるかに超えてしまう。果たして20年前に「ケータイ」や「エキショー」がこれだけ氾濫する世の中をだれか予測できたであろうか?

 実はこのような脳のシステムがすべてわかってしまったら、人工脳や脳移植も理論上可能になってしまう。脳を取り換えること、これはもはや「自身」ではないことは自明だろう。 
 人間は遺伝子を解析し生命の源に迫った、いよいよ残る知識欲は哲学者が死ぬほど悩んだ「自我」を知るため、思考のシステムを明らかにしようとしている。
 人を人たるものに為さしめているものは連合野を駆使した「記憶」にほかならない、と思う。
 
 おたふくの患者さんを最近よくクリニックで診る。カルテを書いてふとペンを置くとき、私はこの材木秘密基地を思い出す。なぜなら、私は彼とほぼ同時におたふくに罹り、幼稚園か学校だったかを休み、感染者同士、朝から夕までおよそ考えつく限りの遊びをしていたからだ。みんな学校にいるとき遊べる!この時の天国のようなめくるめく体験と言ったら(笑)
 しかし、同じ体験をしているはずの隣の彼はこの「共感覚」持っていないかも知れない。このようなことを考えているとつくづく人間とは不思議で面白い生物だな、と一人喜んでいる。


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2005年8月7日日曜日「ロール・プレイング・ゲーム」
 ファンファーレと共に 「○○はレベルがあがった!ちからが2あがった!すばやさが3あがった!・・・ギラのじゅもんをおぼえた!」
というシーンがおなじみの家庭ゲームRPG(ロールプレイングゲーム)。小学生以上のお子さんがいらっしゃる家庭はこの「ドラゴンクエスト」シリーズが一つや二つあるに違いない。
 
 非力な主人公がモンスターとの戦闘を繰り返し、仲間を見つけ、時には宝を探し、力をつけて、世界征服をたくらむ悪の権化と対決するまで成長する、というシナリオがうけたようだ。
 「一つ解決したら、もう少しで次にいけるぞ
 」という先にすすめたいという欲求をたくみに引き出すところが、当たる連ドラの引っぱるパターンと同じで、テクニックや高度な謎解きも必要でなく、キーをさばくような敏捷性を必要とするのではないからオジさんでも誰でも参加ができる。こんなところがファンの多い理由だろう。かくいう私の家にもすべてのドラゴンクエストシリーズがそろっている。
 
 RPGは主人公の成長がなにより楽しくうれしい。この快感を得るために単調な戦闘を繰り返し、その結果が冒頭のファンファーレでめでたくメッセージが流れる。するとそれまで苦労していた強い相手もなんなく倒せるようになる。そして次の土地へ進むのだ。強くなるのは力だけではない。大抵は「じゅもん」と呼ばれる魔法もおぼえる。また「ひっさつわざ」も覚えたりする。この辺はいくらでもバリエーションのあるところで書き出していったらきりがない。こういう特別な力をスキル(技)と言ったり、アビリティ(能力)と言ったりする。

 さて、人間の細胞は日々分裂している。胃の粘膜も、肝臓の細胞も、皮膚もしかり、神経細胞以外は数十日するとすっかり生まれ変わるくらい新陳代謝を繰り返している。唐突にRPGの話から変わってしまったのは、癌のことを考えていたら、ふとそれらの関連性に気づいたからだ。
 
 というのは、癌細胞はそうした活発な正常な細胞の分裂時に突然変異で生まれる。生まれたては最弱のレベル1のRPGのキャラ。なにもまだ武器がないので、強力な殺傷能力を持つ敵(免疫細胞)が寄ってきて普通の細胞じゃないとばれたら、たちどころに囲まれて殺されてしまう。こうしたレベル1癌細胞は一日に数万個生まれる勘定になる。これらを退治してくれることは免疫細胞の働きで、大変ありがたい細胞だ。余談だが、人類が恐れるエイズはこの免疫細胞を殺してしまうウイルスなので、体中癌ができて絶命する。その前にいろいろばい菌に冒されてしまって肺炎で亡くなることも多いのだが。
 
 さて、このうち生まれたと同時になにかアビリティをゲットするレベル2癌細胞があらわれる。
 免疫細胞が攻撃しないように「私は仲間ですよ」という名札を下げる。これで、たのもしい免疫細胞は反応しなくなる。スパイみたいなものだ。
 しかし、分裂してもバラバラになってしまうと、違う細胞処理班が来て、各個撃破されてしまうのだ。そこで、細胞同士手をつないで強力に接着する能力を持たなくては生き延びれない。
 RPGでいうと「仲間」と出会って旅を共にするようなものだ。これでLV3の細胞が生まれる。これでお城の石垣のようになって占拠することができる。だいたいはこうなると体の中の免疫細胞系の警察官は手を出せなくなる。大きくなっていくと、今度はだんだん栄養不足になってくる。というのは石垣なら攻め込まれる問題はないが、癌細胞も生きているので正常の組織と隣接している端っこはともかく、真ん中の細胞などは、血管から豊富な栄養をもらわなくては死んでしまう。普通の細胞が栄養不足にならないのは毛細血管がうまく入り込めるようにある信号を出している。これを血管新生因子と呼んでいるが、これを腫瘍細胞がゲットすると大きくなっても欠食児童にならなくてすむ。
 
 ところがここまではいわゆる癌でなくても、良性のしこりでも同じルートをたどる。だが、ここまででも体の中の異端児として生きて行くにはかなりのバージョンアップをしなくてはいけないことがおわかりだろう。
 
 最終的に「癌」と呼ばれる細胞がは、さらにいろいろな能力を手に入れていく。そのさまは圧巻である。ご存じのように癌は転移をする。
 転移、とひと言で書け、イメージも簡単にわくが、そこに到達するまでは大変な努力(?)が必要である。
 固まりだった癌がまず「細胞を切り離す能力」を手に入れ直さなくてはならない。石垣から石を一つ、二つ引き抜く能力である。そ
 して、バラバラになった細胞でも生きていけるように警察官をかわす能力が必要になる。さらに、遠いところに旅立つため、「正常の細胞の膜を破る能力」が加えて必要になる。人間の組織にはよくできた「膜」が各所に存在して、いろいろなものが勝手に入り込まないように関所の役を果たしている。その関所破りの能力が必要だ。
 これがないと膜で引っかかったまま、結局、生体警察に捕まり御用となってしまう。
 さらに、膜を突破した細胞は「血管の壁を破る能力」を手に入れないとやはり遠くまでは行けない。
 
 ここまで頑張って来た「RPGの主人公」だが血管の中にはいるとさらに特殊な能力が必要になる。
 「血管の壁をつかむ能力」を持たないと血液の激流に呑み込まれて、ずっと体をめぐりつつ一生を終えてしまう。血管の内側の壁にフックのごときものを引っかけてぶら下がる、というサスケばりの能力だ。あとは先に持っていた血管を破る力を駆使して新たな生き延びていく場所を探し当てる。転移することはこのように一つの力でなくさまざまなアビリティの総合能力だ。

 遺伝子の治療は今のところ、このアビリティをどれか封印するのが主力だ。血管新生因子をブロックする、これは盛んに研究されている。これでとりあえず巨大化することは防げるはずだ。しかし、ひとところに留まっていてくれても転移されては一巻の終わりだ。細胞を切り離す能力、これを打ち破りたい。石垣になっている機構は「細胞接着因子」と呼ばれており、これをなんとかしたいのだが、なかなかうまく行っていないのが実情だ。

 いつも子供のやっているRPGゲームを見ていて、
 「それほどラスボス(最後の敵)が強くて全能なら、主人公があちこちで自分の配下を倒し回っているのを知らないわけないだろう。まだ主人公が弱っちいうちにボス自らから倒しに行けばいいのに。」
 と、思っていたのだが、その疑問はこれで解けた。この間抜けなラスボスはまさに私達ではないか!
 ステルスのように隠れて、RPGの主人公は強くなっていくのだ。
 
 私達はRPGの主人公(癌)が自らを倒しに来るまで、「全然症状もないよ、健康だよ」と知ってか、知らずかうそぶいて、手をこまねいているのでは?そしていざ倒しに来られると狼狽するのだ。つまり、今のところ、弱っちい低レベルの癌の奴らを倒しに行くためにはやはり「早期発見」しかないようである。


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2005年12月19日月曜日「愛とこだわり」
 毎年「今年の漢字」として清水寺貫主がでかい毛筆で大書するパフォーマンスがある。去年は「災」今年は「愛」であった。世間に愛が足りないために起こった事件が多かったのと、アイと名の付く女性*が各界で活躍し目立った年だったからだそうだ。
 
 仏教研究家であり哲学者のひろさやち氏があらわした「愛の研究」という新書本がある。仏教と愛の教え、他宗教との比較を論じた簡単な啓蒙書で読みやすい。そのなかで、
「愛は人を苦しめる。仏教では"愛するな”と教えている」
 と常識を覆すような論がある。一瞥ではぎょっとするが、なるほど少し考えると納得する。詳しくは読んでいただくとして、大要は「愛するということはこだわること。またすべての愛は自己愛から始まる。仏教ではこだわりや我執をすてろと教えている」ことである。真の仏教とは他教と違って非常に思想的に屹立した教えであることがこれでわかる。
 さて、「こだわり」といえば、下の詞をご覧ください。

 さあ、もうこだわっちゃいけない
 大地と空のほかは永遠に残るものなんてないんだから
 すべて手のひらからこぼれ落ちていく
 どんなことをしても、時は止めることはできない
 僕らは風の中のちり(dust)
 みんな風の中のちりのようなもの
  
 by kansas「Dust in the wind」

 1978年にアメリカのロックバンド「カンサス」がリリースしたヒット曲からの抜粋でアコースティック・ギターとバイオリンをフューチャーしているバラードで30年近く前の曲になるが今でもごくたまにFMなどでオンエアされるスタンダードナンバーになっている。
 もともと、カンサスはプログレッシブ・ロックバンドに分類されるのでこのバラードは彼らの作風をストレートに伝えているものではないが、最も有名になった曲であろう。(これだけ聴くとフォークバンドのように聞こえ、もし、気に入ってアルバムを買うと残念ながらとんでもないことになる)
 
 さて、dust in the wind・・・ああ、これは仏教というよりも「平家物語」なのではないか、と思った。
 祇園精舎の鐘の声・・・で始まるあの例の作品である。あの七五調で読んでいても心地よい冒頭のくだりの中に、誰も彼も「ひとえに風の前の塵に同じ」と記されている。
 アメリカ人が平家物語を読み、その思想に共鳴し「諸行無常」をポップスにするとは思えないが、偶然だとしたらその根底の詞藻に同じような諦観が漂っているので驚きである。
 この詞には、さらになにもかもが移ろっていく、万物流転することわりも見え隠れしているのでなかなか高度と言えるのではないだろうか。
 これがアーチストの独りよがりではなく、ビルボード誌(アメリカのオリコンチャートみたいなものです)のシングルチャートでも6位まで上昇したので、皆にも支持されたということだから、アメリカの音楽の懐の深さ、多様性には頭が下がる思いである。日本ではメッセージソングが大ヒットしたことは少なく、それこそ逆に「愛してるよ」という曲の一点張りであろう(笑)

 仏教では「絶対」を否定する。すべてはうつろいゆくもので、一定の状態に留まることがない。それを「常ならず=無常」とよんだ。(最も仏教の中で浄土真宗だけは阿弥陀如来を絶対神としているが)
 この無常は、仏教徒とされている日本人(タイやブータンの方たちから見ればニセ信者ものだろうが)でもとても生活様式に根付いているとは思えない。
 
 諸行無常ですら、「諸行無情」という誤訳で理解されるくらいだ。無情と無常の区別がつかなくなったら「軽くヤバい」どころではない。これでは共産主義者と同じく、日本人イコール「無宗教」と宣言してもよいのではないか。

 それは冗談として、生活から思考まで何から何まで異にしているクリスチャンが支配する欧州の中で、その米のアーチストが自己表現の場である歌詞に「仏教観」をこめたということが驚きなのだ。
 大地と空以外なにも残らない・・・この歌詞ではゴッド・絶対神に対する挑戦である。唯一神すら絶対のものではないのならば、これは脱キリスト教宣言なのか、と思うまでは深読みだろうが。

 先に紹介したカンサスの仏教センスがいいと思ったのは「こだわるな」という所である。
 仏教はまさにこのこだわりを捨てさるということが究極奥義となる。
 すべての災いはこだわりから始まる。人間は欲を感じたときに迷いが始まるのだ。これを頭で想像するのはたやすい。他の宗教の奥義はよく知らないが、どうやら神のいったこととされる教典をひたすら読んで理解し従っていればよい、という教えと思う。イエスマンになりきればいいのだから、困難は承知だが決してできないことはない。少なくとも方法は書いてあるのだ。卑近な例としては「○○の肉は食べては行けない」などだ。
 
 しかし、仏教のこの教えがどれほど難しいことか。こだわっては行けない、愛してはいけない・・・結論だけ示され、教典にはコツなどあらわされておらず、また手取り足取り教えてくれるはずもない。不親切きわまりない。なにしろそれを実行できたのは人類始まって以来たった一人の人間、シャカ=ブッダしかいなかったのだから。
 そんな普遍性のない教えが宗教たり得るのか?という問いに後進たちが身をよじって悩み、やっとのことでかみ砕いて「こうしたら俗な人間でもたどりつくことができるのでは」と教えを広めたのが現存している仏教であろう。多くの人が手の届く教えに引き下げられたが、原始仏教から遠く隔たった感は否めない。そして、葬式のみ深く関わっている今の日本仏教を釈迦が見れば腰を抜かすかも知れないが。(釈迦は解脱して欲を捨て去ったので、怒ることも喜ぶこともないか)それはさておいて。
 
 対して、医学とはこだわることから始まる。
 燃え尽きようとしている命や病気に対して、執着し再び煩悩の火の中に戻そうという学問だ。とことんこだわり通して、生命が尽きることは定めと決まっていながら、あらがい、もがき苦しむ。
 不老不死という目標に向かってたゆまない努力を続けながら、決して届くことはないのだ。または、もしもはありえないと思うが不老不死に届いた瞬間、医学の存在価値はなくなる。知ってか知らずか、あきらかな自己矛盾だが、決して到達できないと知っているからこそ存在しているのかも知れない。
 
 ギリシャ神話のシシュポスはゼウスから巨岩を押し上げる罰を受けた。やっとのことで岩を頂上に持ってくると、また岩は底まで転がり落ちる。シシュポスは何度も何度もくり返し岩を押し続けなければならない。死ぬことを許されていないからシシュポスは無限の労働と苦しみを背負うことになる。
 カミュはこの神話に触発されて同名のタイトルで実存主義的エッセイを書いた。それに呼応するように、医学は「愛とこだわり」を貫き通す反仏教の立場にたっている。そして、決して到達点のないシシュポスのような永劫回帰の宿命を背負っている。

 それが不幸とは私は思わない。

 なぜなら、医の心得はそこに苦しむ人がいれば損を顧みず手をさしのべようとする心、何も知らない幼児がまさに井戸に落ちようとするとき、自分の危険を顧みず幼児を救おうと手を伸ばす心、にほかならないからだ。
 これを惻隠の情(そくいんのじょう)と呼び、人間の本願であり善性であると孟子は性善説を唱えて教えた。

 医学に携わる人は一度は必ずこの思いを心に秘めて入ってきたはずだ。長じて医学の現場でいろいろすり減って行ってしまうこともあるが、いつも訓練しないと忘れてしまうやさしさという感情のコアの部分にこの善性があれば、私は医学の徒がシシュポスになろうが反仏になろうがかまわないと思う。そんなわけで来年はきっと医療の現場も「愛」の年になることだろう。おおいにこだわっていきたい。

*アイと名のつく女性:2005年卓球福原愛、ゴルフ宮里藍、バレーボール大友愛らが活躍

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2006年5月24日 月曜日「やはり日本語」
 星新一のショート・ショートの一編にあるインテリアコーディネータの女性が最愛の夫から一枚のすてきな絵をもらって、その絵を軸に部屋の模様替えを試みるという筋の話があった。
 その女性は凝り性で完璧主義。せっかくの絵に部屋を合わせようと、壁紙から家具などあちこちいじり始めるが、やればやるほど自分の満足いくインテリアにならない。優しい夫は「気が済むまで好きにしていいよ」と見守るが、部屋や家の内装をすべて変えても気に入らない。
 彼女は最終的にある結論に達する。

 「夫を替えなくてはだめだわ」
 これがこの話のオチだったのだが(ネタバレすみません)。

 このサイトのHPの扉をたわむれに変えてみた。ちょうどそれが1ヶ月前だった。最初は遊びでスタイリッシュエフェクトというのを使ってみようと思い、「ふーんこんな風になるのか」となかなかご満悦。
 マウスをいじっているうちにそれをトップページにすえたのだが、そうすると以下のページの今までのコンテンツの外観に全く合わない。
 こりゃ、全面的に作り替えなくちゃな、とばかりに、なんの成算もなく暴挙に出てしまったのだ。

 星新一氏の創造したコーディネータの女性並、とはいわないが私も似たようなものである。
 私は完璧主義ではないが、凝り性だったようだ。でも、家内を替える、なんて結論にはいたらなかったようだが(笑)

 さて、これが思ったより大変で後悔先に立たずとはよく言ったものだ。内容のたいした変更はないくせに、ページはほぼ新しく作り替えるくらいのと同等の作業が必要で、レイアウトを確認しながら一歩一歩進んでいく。途中で放り出したくなったが、ちびちび作り直し始めてからあっというまに3週間くらい経ってしまった。しかし、おおまかなページはまだ数枚しか完成していない。音をあげる寸前だったが、せっかく作ったことだし、少しずつアップしていけば更新をまめにしている律儀な管理人を装うことができると、思い直してこんな風にまだ未完だが途中公開しているわけである。ご容赦願いたい。

 ところで、私が悪戦苦闘しているのと同等以上おびただしい数のHPが世界に存在する。
 そして、検索をかければ一瞬でめざすHPにたどり着ける。

 ネット草創期当時はダイアルアップ(死語の世界)で56kb=0.056MBのスピードだったから、重いHPを表示してしまうと、あまりの遅さに嫌気がさしてそのままトイレに行って、さらにコーヒーをいれて部屋に帰ってきてもまだnow loadingだったりした。(はちょっと大げさか)
 しかも、同時に電話が使えなかったという不便さ!

 それが今やブロードバンド・光はあたりまえ、ADSLでも電話線こそ使っているが話し中になることはなくノンストレスで使えるツールになった。(もっとも、家付き電話を使う頻度も激減したが)
 スピードもさることながら、HPの充実度も格段にアップした。その真贋は閲覧者が見分けなくてはならないが。
 
 わずか10年でネットがここまで発展すると見抜いたものはIT長者を除いていなかったのではないか?
 かつて大学医局にいたとき「医局のHPでも作ってみようか」と仲間と話し合ってはみたものの、HTMLタグなどを勉強し始めたら、あまりのかったるさに教科書を放り投げた覚えがある。
 ウィンドウズの使い勝手が悪くアップル社のマッキントッシュが洗練された画像処理能力を誇っていた頃、MS-DOS(完璧な死語の世界)のコマンドを勉強していた頃もあったから、それに似たようなものだ。
 もっともHTML言語はいまでも基本スキルらしく、一流クリエーターなら覚えなくてはならないのだろうが、私などは作成ソフトで十分である。第一そこまで凝り性ではない。(あれれ?)自分のスキル習得前に常にパソコンは一歩進んで先回りされるようであるし、後から覚えた方がなんでも楽ですむ。
 
 最近、英語漬けだの英会話だののソフトまたは塾がおおはやりらしく、メディアでの露出、電車駅での宣伝がいやでも目につく。それだけ需要が多いということだろうが、外人さん向けのパーティに出たいとか、通訳になりたい、だの野望がなければ片言=ワンフレーズ英語で十分である。(どっかの国の首相をみてみなさい)

 英語がしゃべれなくて困ったことがある人が多いのなら、G・Wだけで何百万人も海外旅行に行かないだろう。そんな暇があったら日本語を勉強しなさい、と大喝したのがベストセラー「国家の品格」を書いた藤原正彦氏の対の書「祖国とは国語」である。
 読みながら私も膝を打って賛同した。藤原氏の説の内容は書を読んでいただくとして、私はもう一つの側面から英会話を勉強する必要がないことを力説したい。
 
 私のようなものでもそこそこホームページが作れるようになったのをみてもわかる通り、PCのハード・ソフトウエアの進化はすさまじい。
 日英同時通訳ソフトなんぞこれから数年で開発されることであろう。
 クリニックなら、外人さんが来院するとする、日本語がしゃべれないと意思表示する。受付でハンズフリーヘッドホンをつけていただく。受付事務さんもヘッドホンをつける。お互いがマイクで自国語をしゃべる。相手のフォンには母国語で同時通訳される。こんなソフトができたら英会話なんぞいらないのではないか?
 
 だいたい日本語は特殊な言語で、単語同士を複雑怪奇な助詞(てにをは、である)でぺたぺたくっつけながら、主語と述語がとんでもなく離れているため、一読みで意味をとることがむずかしい。
 同じ漢字を使う中国語には助詞はなく、主語の次に述語が配置され文の構成はヨーロッパ言語に近いため、英語と中国語ならば文法上セットで覚えやすい。日本人が日本語を扱いながら英語を覚えるなんぞは右脳と左脳を同時に使うぐらいのしんどさだ。
 ジョン・スチュアート・ミル(英国の経済・哲学者)が8歳でラテンギリシャ数カ国語をしゃべって読めたというのも、全部ヨーロッパ圏の言葉なので、ちっともえらくない。(いやいや、・・・十分天才だって)
 
 小学校に英語教育義務化との記事があったが、国語の時間数は減らないのか?
 ただでさえ本読みが減って、電車内では携帯をいじっている若者が増え、何やってるかといえば意味不明なメールやチャットをしていたり、テトリスをやってたりしているが、それこそ、そんな暇があったら、よい日本語に触れてほしい、と思う。
 そもそも、小・中学校で英語にうつつを抜かして国語をおろそかにしたら、大人になってから日本語に親しめと言われたって無理に決まっている。
 私だって高校生時代「古文はなんの役に立つんだ?」とほとんど古文の授業をシカトしていたような覚えがある。そんな私も年ふり白髪だらけになって始めて
「敷島の大和心をひととわば朝日に匂う山桜花」という本居宣長の歌をいいなぁ、と思うようになった。
 古文授業はよくわからなかったが、乱読して本はよく親しんだという自負はある。その余暇の遺産で今やっと大和心の何百分かの一に触れて喜んでいる。これは偏狭なナショナリズムではけっしてない。
 
 言葉を覚えるという能力は人間の最も深い根源に関わっているのではないか?とも思う。物を考えるとき、想像するとき、日本人ならすべて日本語で考えているはずだ。それをもう一つの根源で考え直してみることは脳に多大な使役(ムダ?)を強いているのではないだろうか。
 
 当クリニックにもたまに英語圏の方が来院する。私が中学生レベルの片言の英語をしゃべるのはその時だけだ。1年でトータル30分間あるかないか、そんな刹那の便利さのためだけに英会話を勉強しても仕方がない。
 誤解を招くと面倒だから言い直しておくが、英会話を勉強する時間があるなら、日本語を勉強しろ、というだけで、ミルのような能力のある人は日本語のみならずどうぞ英語でもラテン語でも勉強するがいいと言える。が、小学校にはミルばかり入学してこないのだ。私も含め凡人なんぞは小学校という多感な時代は英語などは覚えずとも国語だけを一生懸命やって損はない、といいたいだけだ。
 
 そんなわけで、私は膨大な時間とお金を費やさないとモノにならない人間の言語変換能力をこれからのマシンに期待するものである。人間の言葉を操る能力は有限と考えている、ならば、テクノロジーに助けてもらうのが筋だろう。

 通訳ソフトなんてあと10年できないよ*、というあなた・・・。10年前に現代のこのネット社会を予測できましたか?

*翻訳ソフト:とはいえ10年たってもまだ満足のいくソフトはまだ生まれていないようである。2016年記

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2006年8月22日火曜日「牛乳バッシング」
 牛乳がバッシングされているらしい。
 以前からあちこちで論争があったものだが、このたび世界的権威の内視鏡医が「牛乳否定」本を出したので一気に火がついた模様だ。
 
 その要点をあげると、牛乳に含まれている高脂肪、高タンパクは体にとって害であり、後々心筋梗塞や高脂血症などの成人病を引きおこす、体が大きくなるのは牛の成長ホルモンが入っているから、人間だといびつに大きくなる、女性では乳癌の発生率を上げる、カルシウムは牛乳では乳糖と結合しているため吸収効率が悪く、ほとんど排泄されるばかりか、牛乳を好んでよく飲んでいる国ほど骨粗鬆症や白内障の発生が多いという逆説的なデータもあるそうだ。
 
 そもそも「子牛が育つために」飲む牛乳は人間には向くわけがなく、異種蛋白のため幼小児の食物アレルギーのきっかけになるとも言われているらしい。
 牛乳反対派は
 「成長してからあえて母乳(その種でも他種でも)を飲む哺乳類はいない。人間が乳製品を飲んだり食べたりすのはおかしいしやめよう」
 と声が高い。もともと日本人には乳糖を分解する酵素が少ないかまたはない人が多い。よって、下痢するはおろか、さまざまな栄養素まで排泄してしまう。などなどである。

 保育園などでもこれらの資料を持って母親たちがねじ込み、給食から牛乳を駆逐し豆乳に替えさせたところもあるそうだ。

 いやはや、である。私は一食品としてしか牛乳を見ていないから、このようなヒステリックな意見にはかなり辟易してしまう。おそらく人類が牛と暮らし初めて以来、さんざん飲んできたことであろう牛乳がいまさら体に悪いという話だ。飽食の現代は他に食べるものがいっぱいあるので「牛乳なんか飲まなくても栄養とれるぜ」という余裕の発言だろう。

 しかし、牛乳を葬り去ることに血道をあげるなら、あらゆる研究文献で「麻薬物質」とまで言われた煙草を売らせないように撲滅する方がなんぼかましではないか?
 
 煙草と違って牛乳が悪いという研究報告は「ためにするような」恣意的な要素が強いような気がする。
 
 牛乳を大量に消費している国というのはどこのことかと思ったら、北欧諸国やデンマークだそうだ。そこでは日本の数倍の骨粗鬆症患者がいるそうである。日本でも骨粗鬆症の発生率には地域差があって東北・北陸では多く、西日本に少ない。これは日照時間に比例するので、なにも牛乳のせいではないだろう。ご存じの通り、ビタミンDは日光によって作られ、カルシウムの吸収を助ける。だから、北欧諸国に骨粗鬆症が多いのは単純に日光が少ないためではないの?と考える方が自然だろう。いきなり牛乳に結びつけるところが魔法的な論法ではないか?

 それに、同じ日本の中で比べるのはまだ意味があるが、牛乳と一緒に食べるものがまるで違う国同士を比べてもなんの意味ももたない。
 
 というのは、腸管に脂肪酸の存在があるとカルシウムは結合してしまって、吸収されないのだ。和食での定番の煮干しやひじきを食べる方がそのカルシウム吸収率が格段によく、バターとパンの欧米型の食事はもともとカルシウムが吸収しにくい、という事実を隠してはいないか。だから、ますます欧米型の食事で骨粗鬆症が出る。牛乳のせいと決めつけるのはおかしいとは思いませんか?
 そんなところで今のところ私は牛乳悪人説を信じてはいない。
 
 もっとも赤ちゃんにアレルギーが出やすいというのは信用できるデータではあるが、それがアトピーだの、喘息だの一足飛びにアレルギー疾患の元凶のようにいわれるのが牽強付会というものだ。第一、アレルギー疾患は単一の食品をターゲットにするそんな単純なものではない。

 体によい、と聞くとそればかり食べる。体に悪い、と聞くとそれを避ける、ばかりか、おいしく食べている人を誹謗中傷して怖がらせて洗脳する。
 もう、そういうことはやめませんか?その極端な態度が一番体にわるいと私は思うのだ。ヒトは雑食性の動物だし、自然界のものは結構なんでも工夫して食べてきた。それに人の食うもんはほっといてほしい。
 
 牛乳で小児貧血が起きた、という話を先の論者は好んで引用するが、当然である。牛乳には鉄分とビタミンCが少ないのでお腹いっぱいになるほど牛乳を飲めば必ず鉄欠乏性貧血になる。
 どんな食品でも(健康食品でもだ)そればかり食べたり飲んだりして、健康を保つことはできない。だから、「完全食」はありえない。おいしく牛乳でもヨーグルトでも和食でも、気分を変えて、たまには洋食でも中華でもまんべんなく多くの食材を使って好き嫌いなく食べるべきだ。
 でも、ネット社会はさまざまな食の情報が飛び交っていて、どれを信用していいのかわからない、と言うところが本当であろう。「なんでも食べなさい」という私を信用しなさい(笑)

 ついでに言っておくが、食べてはいけない、という論争が牛乳以上にアツく語られているのが、「マーガリン」だろう。

 私も実際牛乳よりはこちらの方がなんぼか怪しい食品ではあると思う。バターの代用品として開発されたマーガリンは常温では液体である植物油が原料である。それを固形にするために水素を加えて作る。バターより動物性脂肪、コレステロールが少なく、喝采をもって迎えられたが、最近は雲行きがあやしい。というのは、合成する際、自然界に存在しないトランス脂肪酸というものができる。実はこれが大変体に悪いとされる。詳しいことは割愛するが、「狂った脂肪酸」とまでいわれている。この脂肪酸は悪玉コレステロールを増やし、発癌性、クローン病という難治性の腸疾患の原因ではの一つではとも疑われている。

 アメリカは、今年1月から食品のトランス脂肪酸含有量の明示義務を課している。オランダでも一定以上の含有食品は販売禁止である。我が国は?というと・・・例によって野放しである。
 農水省では確証がない、という理由で国内での表示義務はしていない*。

 マーガリン擁護論者は「アメリカと食生活が違い、トランス脂肪酸はアメリカの4〜10分の1しか摂取しておらず、魚をたくさん食べるため、その不飽和脂肪酸がトランス脂肪酸の働きを打ち消しているので心配ない」とのことだが・・・さて、真偽はどうかわからない。
 
 どうしてもこわい方には、じゃあ、マーガリンを食べなければ安心か、というとそんなことはなく、焼き菓子には必ず使用されるショートニングも同じ製法で作られるため、それらが入っているものはダメ。植物油で作った揚げ物もダメ。もうこれでは何も食べられない。ということになるから、私は一切気にしないで、普通にいろいろ食べている。パンにも気にせずマーガリンを塗っている。

 あれもダメこれも危ないと悩んでいるとストレスがたまって、それが免疫低下につながり、体内はそれこそが発癌しやすい環境になるだろう。
 そういえば、昨日も化学調味料がこってり入った、牛乳入りの北海道ラーメン(マーガリンの代わりにバターだったな)を食べたぞ。何も気にしなかった。いけないと知りつつスープも飲んでしまった。うまかった。

 ヒツジやヤギの乳を普通に飲んで育っているモンゴル力士や穀物がとれず牛乳が唯一の栄養源となるような西アジアの人たちがこの不毛な論争を聞いたらどう思うだろう。
 「他の動物の乳が体に悪いって?ははっ!じゃあ他に食うもんを持ってきてくれ」
 といわれるのがオチではないだろうか。

*トランス脂肪酸の表示義務;2016年現在でもトランス脂肪酸の表示義務はないと農水省のサイトで確認できる。


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2006年11月17日金曜日「電磁波の健康被害」
 携帯電話会社がしのぎを削っている。

 例のナンバーポータビリティ*とかで顧客争奪が激化しているそうだ。報道を見ると新規契約がどこが何万件増加とか、契約のオプションサービス・ダンピング合戦はどうとか、どこまでやるのかといったら、国民全員に一つ一つ行き渡るまで戦いをやめないのではないか、と思うほどだ。
 売りつける対象がいなくなったら、かつて燎原の火のように普及したカラーテレビ(死語)みたいに、「各部屋に一台どうですか」とか「ペットも、ワンちゃんも使えるケータイ!」まで行き着く日は近いかもしれない(・・・んな、こたーないか・・・)
 まあ、どんどん小型化し、高性能になり、とても使い切れない機能があれこれついてくるのだろうなとは想像できる。さらに、そのうちアナログおじさんたちのためにひげそり付き携帯が出るのでは、とどこかの4コマ漫画で見た覚えがある。

 それは冗談として、いつかも書いたが、最近は電車に乗っていて見られる光景に携帯をいじっている人が皆無なハコは一つもないといって言い。さすがに昔いたような大音声でしゃべくりまくっている人とか、ものすごい着メロが鳴り響くといった光景はなくなってきたが、メール、ゲームなど忙しくキーを叩いている老若男女ばかりだ。私が後ろから覗いているのに気づかず、麻雀ゲームであほな牌を切り飛ばしている人もいる。
 「違う、違う、そこは七萬だろーが!」と私は心の中で叫んでいる。私も含め現代人は携帯からもはや離れられないようだ。
 
 優先席付近での携帯操作は禁ということは市民権を得たのか、認知度は高い。が、電源offまでする人はまだ少ないようだ。私はon-offがめんどくさいので、優先席付近には乗らないことにしている。なぜ、電源を切らなくてはならないかというと、電磁波がペースメーカーの誤作動を起こすことが知られており、待ち受けの状態では弱いながらも電波を発しているからと説明されている。ペースメーカーを植え込んだ人とどれくらい接近していると危ないかは私も知らないし、実験するわけに行かないから、君子危うきに近寄らずといったところだ。ただ携帯の電波は何かよからぬ作用を体に及ぼしているのでは、という漠然とした不安は皆様もお持ちのことだろう。
 
 これだけ多くの人が持っている携帯を養う(?)ために中継局はさぞかし電磁波をたれ流しているのだろうなと容易に想像できる。最近、医学論文でも奇をてらってか、トピックスなのか携帯電話の出す電磁波が体にどういう影響を及ぼすか、という研究報告が増えている。
 皮切りは2001年WHO(世界保険機構)が「送電線などから発生する低周波磁場にはヒトに対して発がん性がある可能性がある」と発表した。これは驚愕の意見で、電力会社はもちろん急成長を続けていた携帯電話会社も渋い顔をしたに違いない。その後、携帯を使い続けると、または中継局のそばでは脳腫瘍、心臓病、生殖器疾患、神経疾患などの発生率が高く、修正死亡率も上昇しているなどという研究報告が相次いだ。これでは、ありとあらゆる病魔の元締めの様相だ。

 ラジオを夜つけてみるといきなり感度がよくなったかに聞こえるほど、いろいろな国の放送局からの電波が入り乱れている。これは夜間では地表に近い電離層が消滅するため、ラジオ波が上層の電離層で反射しやすく遠くまで届くことによる。してみると夜は乱反射した無数の電磁波に囲まれていることがわかる。それらが危険なものだともし決めつけられたら、深夜もはやおっかなくてラジオの電源を入れることができない。入れなくったってもろ浴びていることには違いないが。

 2004年に英国の国立放射線防護委員会ではそうしたさまざまな研究成果をまとめて「健康影響が出る確固とした証拠はまだないが、明らかになるまで予防的対策を続けること」と声明を出した。これをもってすぐに電磁波は健康に悪いといいきることはできない。こういった疫学調査はあいまいで恣意が入りやすく、他の要因が混ざってしまうケースが大多数であるからだ。

 我が国では、健康被害に対して割と否定的な(冷静な?)意見が多く、2003年あらかじめ発ガン物質を与えたラットに高電磁波をあてて脳腫瘍を人工的に作ったが、あてないラットと比較して何ら変わりはなかったという研究がはやばやと出されている。
 以下、高電磁波をあてて聴力が低下するかという実験も行われているが、これも関連なしの結論となっている。
 最近では興味が薄れたのかもっぱら、第三世代携帯を医療機器の誤作動を起こさぬように院内で使うにはどうとかこうとかの話題が多い。要するに日本ではあまり相手にされていないようではある。欧米と日本、どちらが正しいかこれからの検証を待つと言うことになろう。

 そもそも、電磁波はというのはいろいろな波の総称で波の長さによって呼び方がかわることを知っておかなくてはならない。
 レントゲン撮影の「放射線」、太陽の「紫外線」、蛍光灯の「光(可視光線)」、こたつの「赤外線」、ラジオの「電波」、これらはみな電磁波である。性格が異なるのは、ただ波の長さが違うだけで、とても怖い放射線と一件無害なTVやラジオの電波は遠い兄弟だ。放射線と紫外線は生物のDNAを損傷することはすでにわかっている、だから、日光浴は強力な皮膚癌の発生因子だ。が、蛍光灯の元に居続ける、こたつに当たり続けると発癌するという話は聞かない。
 
 これを読んでいるあなたにも電磁波が襲いかかる。パソコンのディスプレイからも弱いながらも電磁波が出ているからだ。無線LANの方はなおさらだ。とにかく、もし電磁波が見える眼鏡でもあれば、かけた瞬間めまいがすること間違いなしだろう。

 健康被害の存在を肯定して、百歩譲って死亡率の上昇も認めるとして電磁波をなるたけ逃れる生活を考えるとすると、中継基地局のない山奥に住み、晴れた日は紫外線や電磁波が多くなるから外へ出ず、雨の日に外出し、家の中では蛍光灯、パソコン、TV、電子レンジを使わず、ひたすら晴読雨耕(?)の毎日で引きこもりをすることになる。
 江戸時代ならともかく、現代人にこの生活ががまんできるわけはない。
 
 私はというと、たとえ10年寿命が短くなると脅されても、パソコンなどは手放すことはできない。大学を離れた医師は最新の医療情報を取得するすべが極端に制限される。医療雑誌を購読するというのは可能だが、それでは押しつけの情報しか得られない。自分で調べたいものは大学の図書館などを利用しないと不可能である。

 パソコンさえあれば、居ながらにして、大学図書館なみの検索をすることもできる。また英語の不得意の私は海外の論文は翻訳をかけて読むこともできる。大学だと見栄があって、英語の原文のまま読まないと恥ずかしい(笑)が家ではカッコつける必要もない。
 医学の進歩が緩やかだった頃は大学卒業してから20年勉強した知識で、それでクリニック診療をしても間違いは少なかったかもしれない。が、これからはそうはいかない。ネットがあれば皆様の方が最新の医学知識をより吸収してしまう恐れもあるのだ。皆様に負けないためにも(勝ち負けではないが)私達は勉強を続けて行かなくてはならない。
 古びた医療知識を振り回して、診察していくわけにはいかない。その医者こそが皆様の健康被害だと思いませんか?
 健康被害といってもリタイア後の10年を長生きできるくらいのものなら、パソコンや電子機器を捨てるメリットはないなぁと思う次第である。元気に働いて、パッと世を去る。これにまさるものはないと考えている。

*ナンバーポータビリティ:2006年10月より携帯電話の契約先を変更しても番号の変更は不要になった。それまでは変えるたびに番号が変わって不便であった。


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2006年12月18日月曜日「医師の信念」
 手塚治虫氏「ブラック・ジャック」に「獅子面病」という作品がある。
 
 ストーリーをかいつまんで紹介すると、ある警部が無免許を理由にブラック・ジャック(BJ)を逮捕しようとする。が、その前にBJにある手術を持ちかける。それは、モグリの医師達にいいかげんな治療をされ、もはや手遅れ同然になってしまった患者を治せということらしい。もしその治療に成功すれば逮捕を取りやめ、医師免許も出す、と警部が言う。(刑事訴訟法をまるで無視したすごい設定だが・・・)
 実は患者は警部の息子で、治療困難な「獅子面病」にかかっていた。患者を診察したBJはこの病気に対して5人中2人が死んだという独自に編み出した難しい手術を提案する。助手を務める他のDrはBJの試験委員みたいなものだが、みな反対する。「(患者の命で)そんなカケをするわけにはいかない」と。
 
 これに対して猛然とBJは反論する。
 「あなた方は(治療をするとき)カケてはいないのか!我々は神じゃないんだ。人間が人間をなおすにはカケるしかないでしょう!」と。

 そして周囲の反対を押し切って見事手術を成功させる。
 医学界の重鎮をうならせた手術を成功させたので、医師団達は連盟にBJの医師免許を申請する。しかし、却下されたのだ。
 理由はそれまでBJが今まで患者に対して手術料を脅迫まがいの取り立てをしていて、連盟に苦情が殺到しているので出せないとのこと。(そんなこと、最初っからわかっていたことだろう、とツッコミを入れたくなるが・・・)
 
 神懸かり的な腕にすっかり感心して、すでにBJシンパとなっていた警部はその決定を聞いて医師団にくってかかる。「ば、ばかな!しかし、そんなことは問題じゃない!人の・・・人の命を救っているんでしょう!」
 彼はそう叫ぶが、医師達は首を振るばかり。そして、警部は無言のBJになにも言えず、すまなさそうにうなだれて立ち去るところで物語は終わる。

 信念を持って誰もが認めようとしない方法でも緊急避難的に患者を救おうとする。たとえカケであっても・・・それが是か非か?

 この話に現実の事件がリンクしているのにお気づきだろうか?私は今回の病気腎移植事件*の報道を知るにつれ、すぐにこの「獅子面病」を思い出した。報道は右往左往している。きっかけは以前コラムでも取り上げたとおり、腎臓移植にあたってドナーが臓器売買の嫌疑をかけられたことから、手術自体を洗い直しているうちに芋づる式に発覚したのだ。

 最初は医師が臓器売買を勧めたのではないか?という疑惑から、家族間の移植でないケースなのに倫理委員会を通していない手術ではないか?くらいの話だった。外科医達は事務仕事が滅法苦手である。腕は立つがそういうことにはルーズなDrだったのではないか、とは私も思っていた。
 
 しかし、そのうち別の病気で摘出した腎臓を移植に使った(病気腎移植)ケースが何件もあったということがわかったので大騒ぎになった。
 果たして病気腎は移植してよいものか?癌を取り除いたとはいえ移植された人に再発転移したりしないのか?そもそも移植をしたいから、本当は取らなくてもよい腎臓を取っていたのではなかったか?と次々に疑問が吹き出てきた。
 この疑惑に対して今までのところ世間が納得できる理由を当の外科医は述べていない。しかし、医学界はこの医師を激しく非難しているにもかかわらず、一部マスコミなどのメディア、そして世論は比較的好意的である。
 
 それは、この医師の普段の生活ぶりが質素で身なりにかまわず、患者に優しく、富や名声に興味はなく、ただただ目の前の患者を救うことが生き甲斐だ、と知れ渡るようになったからだ。彼を赤ひげだと持ち上げるむきもある。(たしかに山本周五郎氏の「赤ひげ診療所」を読むとその雰囲気を知ることができる)
 もちろん私だってメディアのフィルターを通しているので実際はどうかわからないが、どんなに赤ひげをまねようとも取らなくてよい臓器をもし取ったとすると、その行為は言語道断であり、刑法上は傷害罪にあたるはずだが、そんなことで告発するという話は出ていない。
 かと思うと、分娩時、胎盤癒着というめずらしい合併症に遭遇し、難しい手術をたった一人で奮闘して、最善を尽くして結果は失血死させてしまった産科医を外来勤務中逮捕していった検察の起訴判断基準はどこにあるのだろう。

この問題はおそらく決着がつかないだろう。そして、この医師はほとぼりがさめれば再び病気腎移植を施行するに違いない。学会がいくらおどしても関係ない。警察や検察も世論を敵に回してまでも逮捕できまい。彼の眼前の患者を救いたいという気持ちと腎移植のその腕を必要としている人がいる限りは。

 BJのように強く自分を信じ続けることは結果が伴えばもちろん非難されることはない。だが本当にそれでよいのだろうか?臆病でそしてすべてに懐疑的(人間の力を信用していない)な私のような医師は常に疑問をかかげる。

 医師の信念がとてつもない災厄を招いたことがかつて日本であった。

 日露戦争の直前の頃である。陸軍では脚気(かっけ)が大流行して、歩けなくなるくらいならともかく、いわゆる脚気心臓となり心不全で命を落とすほどの重症者が続出し、このままで戦争が勃発したら遠征となる日本軍にとって極めて危険な状態となることを憂慮した作戦本部は軍医達に調査を命じる。
 
 当時、海軍軍医だった高木兼寛(1849〜1920、慈恵会医科大学創始者)はある種の栄養素が欠乏しているためではと推測した。これは高木の慧眼で、彼の考えは正鵠を射ており、この後25年ほどたって脚気抑制因子としてビタミンB1が発見されるのだ。しかし高木の意見に「脚気は細菌感染である」と一方の陸軍軍医は真っ向から反対する。高木の提唱する改善食は陸軍では黙殺された。

 日露戦争が始まり、海軍は高木の言う改善食(白米に麦飯を混ぜる、副食を充実させる)で脚気患者は軽症者のごくわずか、死者はなし、の発生だったのに対し、陸軍では25万人もの患者を出し、3万人が脚気で死亡した。これは驚くべき事実である。

 この多くの死者を出した陸軍軍医とは文豪の誉れ高い森鴎外のことである。この散々な結果に業を煮やした陸軍大臣・寺内正毅は日露終戦間際、元凶となった森鴎外を更迭した。

 森鴎外は悪い意味での信念の人で後に鈴木梅太郎がビタミンを発見し、脚気との関連が証明された後も、「脚気は細菌感染だ」と死ぬまで論じており医学界では完全に孤立した。(その鬱屈が彼をして文学に向かわせたのだが、死んでいった兵士はたまったものではない)
 鴎外は「どの敵方の将軍よりも日本兵を殺した男」とまで言われてしまうことになる。

 あれほど博覧強記で聡明な森鴎外にして、間違った信念はその理性の鏡を曇らせる。当の病気腎移植が間違った信念とは言わない。しかし、こうした事象は世界各国で今までもきっとあったことだろう。医師の信念というものは極めて危険なものをはらんでいるということを私達は肝に銘じなくてはならない。

*病気腎移植事件:2006年宇和島徳州会病院で発覚した。泌尿器科の医師が腎臓癌で摘出した腎から癌を取り除き腎不全のレシピエントに移植した事件。世論や学会は非難したがドナー不足の解消に有用ではと擁護論も根強かった。現在も結論は出ていない。


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2007年02月17日土曜日「国家的規模の偉大なる詐欺師」
 東京で初雪が降らず春一番が吹く、というのは観測史上始まって以来の椿事とのことらしい。そういわれれば、毎年、積もらないまでも1月2月にはちらほら雪が関東でも降っていたような気がする。
 
 厳冬期の1月の大学センター試験前後は関東でも雪になるなど、受験生に多大な影響を与えて、ニュースになるのも珍しくなかった。今年はやれ桜は3月いっぱいで散ってしまうだの、桃が2月に咲いているだの、異常気象の報道を耳にすることも多い。
 ところが、記録的な暖冬、と聞くとすぐ地球温暖化の影響かと連想するのは素人らしい。なんでも寒波が降りてくるルートが今年は異なっていて、たまたま日本列島はそのルートから外れてしまっただけで、地球全体で見ると寒いところは依然寒いと専門家は言う。
 
 専門知識のない私達は「ふーん、そんなものか」と安心して、スルーしてしまうが、それでも観測史上うんぬんと持ち出されると、やはり気持ちが悪い。それに、気象庁が発表したところによると07年1月の世界平均気温は観測を始めた1891年以来最も高かった、とのこと。それじゃやっぱり温暖化じゃないか、と言いたくなる。
 
 アメリカは例によって、世界一、二酸化炭素を排出しまくっていても知らんぷりのお国で
 「地球温暖化?そんなのあるわけないだろ。間氷河期に入って、全体的な気温が上がりつつある時期なだけさ。第一、二酸化炭素は大気の0.03%くらいしかないんだぜ。そんなのが影響するもんか、まやかしさ」
 と言って、CO2排出抑制の約束書である「京都議定書」に絶対にサインしない。しかし、このままの二酸化炭素の排出が進めば、2100年までには1.4〜5.8度の気温上昇がほぼ確からしいだろうと、学術会議では発表している。大多数の極めて常識的な論調もアメリカは無視する。
 
 ニューヨークの冬は寒いらしい。日中の気温も氷点下がざらで日本で言えば、北海道の雰囲気だろう。だが、その中心部であるマンハッタンのマンションやオフィスではTシャツ1枚と短パンで過ごせるくらいガンガン暖房を焚く。かたや日本では暖房をけちってユニクロのフリースを着込んで、パソコンを打ち込む。(私は現に今もフリース着てます。暖かいです)頭寒足熱だ!といってホカロンを足に貼ったり地球温暖化に対して涙ぐましい努力をするのだ。単に貧乏性だって?
 アメリカ国民みんなそうだから、国益を重んじる政府はもう頭から地球温暖化なんかはないものと考える。まで言うと言い過ぎなのだろうが、とにかくアメリカ政府の意をくむ御用学者に「温暖化と二酸化炭素は関係ない」と発言させて、京都議定書が発動しても平気の平左である。これから起こることの予測は、証明できないだけに確かに諸説入り乱れるだろう。見上げた根性である。皮肉だが日本も外交でもう少しこのような態度を見習った方がよいかも知れない。
 
 ところで、アメリカでは影響力のある人が医学の世界でも珍説を提唱して大混乱を引きおこすことは少なくない。
 
 ライナス・ポーリング(1901〜94)というアメリカの物理科学者がいた。物質の結晶構造を明らかにした学説でノーベル化学賞を受賞している。
 しかし、この人は専門外であるはずの医学で
 「風邪やガンをビタミンCの大量摂取で予防できる」と主張したため、(学会では否定され、現在でもそれは証明されていない)世界中でビタミンCブームが巻き起こってしまった。
 
 何たってノーベル賞受賞者の発言である。いまだになんとなくビタミンCが体にいい働きをしているんじゃないかと、みなも思っているし、あらゆる健康食品が「ビタミンCレモン何個分含有!」と大きく書いてあるからその功罪は重い。繰り返して発言するが、ビタミンCには今見ることの全くない「壊血病」を防ぐ以外他の病気の予防効果はない。抗酸化物質として働いていると力説している方もいるが、満足な結果のデータは一つもない。(毎日1gほどの摂取で風邪に罹った期間を半日短くしたという論文はあるらしいが、反論もある)
 
 どころか、ビタミンCを摂りすぎると尿路結石を作りやすくなるから正に「過ぎたるは及ばざるがごとし」である。
 ただ、風邪をひくと体内でビタミンCの消費量が上がるため、特にタバコを吸う人(喫煙は大量のビタミンCを破壊する)は風邪で寝てるときにハイシーでも飲んで休んでいるのは少しは理屈に合う。
 
 キャリー・マリス(1944〜)というやはりアメリカの化学者はDNA増幅法でノーベル化学賞を受賞したが、彼も「AIDSはエイズウイルスによって発症するものでない」と言い出して、ひんしゅくを買っている。もともとマリスはきてれつなキャラクタなので、突拍子もないことを言い出したりやったりしていたので、あまり信用されないむきもあったが、それでもノーベル賞受賞者の発言である。大騒ぎになり物議をかもした。
 もちろんエイズはHIV1,2というウイルスで発症することは間違いのないところであるし、現在ではもう誰もマリスの発言なんか気にしたりはしない。ついでに名前は失念したが、狂牛病を起こすプリオンは存在しないとおっしゃる科学者もアメリカにはいらした。
 
 問題なのはみな高名で影響力の多大な科学者だ。間違った学説でさえ一人歩きして、彼らが亡くなった後までも長らく人々に信じられる。商売に使えるものは、学説が合っていようがなかろうが、刷り込みまでしても、使い続ける。エイズ珍説と違って、ビタミンCはうまく商業ベースに乗ったため、長生きしているのだろう。
 
 医学の世界は再三申し上げているように
 「何人が同じような条件下で試みても何度でも再現性がある」
 ことのみ、スタンダードにしようという取り決めがある。最近盛んに言われているEBM(証明された医療)ではランク付けがされているが、「大家の意見」というのはEBMランク最下位である。従ってどんな偉い人が実験などのデータなしに言い張っている論説は全く信用してはいけない。
 
 温暖化の話はこれから起こることの予測である。従って実証できるわけがないし、それを逆手にとって、都合のいい学説をひっさげて国益に使うアメリカの態度は私にはどうもいただけない。
 医学の世界でこのようなことがないように目を皿のようにして見張らなければ、と思っているが・・・どういうわけかマスコミ界やそれを支えている視聴者の中では「大家の意見」が一般では信用度ランクが最上位なんですよね・・・

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2007年04月25日水曜日「線路を行く」
 電車は魅力的である。電車に限らず鉄道に興味を持つ男児は今昔関わらず多いに違いない。
 
 かくいう私もオタクではないが、相当好きだった。つまり「のりテツ」である。電車に乗れば先頭に陣取り、運転手の一挙一動を観察し、自分が運転している気分でゴキゲンだった。いつも乗っている路線などは、駅に近づくとどこで減速するとか、ブレーキのタイミングとか、ほぼ覚えていた。
 大きくなったら電車の運転手か車掌になりたい、とこの頃は思っていたはずだ。もっとも今となっては「電車でGO」すら下手である。
 
 線路伝いに冒険すれば英雄になれる、と信じた少年たちの夏休みの一日を描いたさわやかな映画がある。
 「スタンド・バイ・ミー」であるが、この映画を見ていなくても、エンディング・テーマ曲「スタンド・バイ・ミー」(ベン・E・キング)は必ずどこかで耳にしたことがおありのスタンダードナンバーだろう。
 
 映画の中で悪ガキたちは線路を歩いて冒険する。滅多に汽車が通らないので、鼻歌混じりの旅だ。途中、単線の鉄橋を渡ろうとしてしばらく行くと、行く手からSLが来て、鉄橋の途中から大あわてして全力で走り、引き返す見せ場のシーンがある。
 
 全国のしょうもない悪ガキは一つや二つこの手の思い出があるはずだ。私も映画を見たときあまりにも似たようなことをしでかしているので、思わず吹き出してしまった。
 もっとも、いくら線路を歩きたくても、都市圏の電車線路では自殺行為、というか不可能に近いほどひっきりなしに往来があるので、文字通り命がいらない人しかそんなことはできない。ところが、40年ほど前、私が住んでいたとある田舎の支線などはそれこそ一日に汽車かディーゼルが数本走る予定があるだけで、悪ガキにとってもってこいの「スタンド・バイ・ミー」の舞台であった。
 線路に柵などもなく、踏切に遮断機もなく、ツルハシという線路につきもののグッズを振るう保線工夫のおっちゃんたちは頼もしく見え、ごくごくたまに轟音を残して走り去るSLも雄壮だった。
 
 周りはただ畑や田んぼが広がり、線路が走るそこだけ高く盛り土がしてあり、果てしなく続く一本の線路には、少年たちを冒険へいざなう魔性の魅力がある。スタンド・バイ・ミーと同じく、線路が続くこの向こうには何がある?と思わせるものがあった。
 
 余談だが、銀林みのる氏の小説「鉄塔 武蔵野線」も似たようなモチーフでかかれている。
 鉄塔が大好きでたまらない少年が関東に引っ越してきた。自宅のそばを走る巨大な送電線の鉄塔を見るとナンバーが打ってある。「75番 武蔵野線」と書いてあったのを見た主人公は「送電線をたどって1番まで行けば何がある?」と夏休みにひたすら高圧線ぞいに歩き通すという物語。
 この気持ち、切ないほどわかるなぁ。
 少年期は純粋に何かに無駄なものに夢中になれる貴重な時期だ。思い出である断片の記憶が鮮明で、何もかもがきらきらと輝いて、当時は時間の過ぎるのが楽しすぎるが故に、スローモーに感じたが、過ぎてしまえば逆にあっという間と思える実に不思議な時だった。閑話休題。

 ともあれ私も線路をひたすら行くことに決めた。連れのダチが誰で、どうやってそれを決めたか、どこに向かうのか、そんなことは一切忘れた。
 
 夏休みの早朝、チャリを走らせ、いつもの線路までたどり着いたら、乗り捨てて(自転車の鍵なんかかけたことなかった気がする)線路に沿って市街地と反対の方角に向かって歩き始める。
 線路を歩くと言っても、それは少し誇張があって、線路脇のあぜ道のような通路があり、そこをひたひた歩き続けるのだ。
 時々、堤防のような高台の線路に登り、気分転換をしたり、持参したお菓子をほおばり、遠足気分で歩いた。そんな今から見ると危険行動をしているにもかかわらず、田んぼのおっさんたちやおばちゃんたちは子供たちに何の注意もしなかった。薄情なのではなく、危険そのものがない、と見ていたとしか思えない。もしくは、「線路づたいボーイズ」が毎日のように誰かしら、いたのだろう。そして、列車に轢かれたなどという報道も事件も一切ないから、なおさら注意などする必要がなかったのだろう。
 
 子供の足だからスピードはたかがしれている。ましてや遊びながらの旅だ。それでもトータルでは3〜4kmくらいのものだろうが、行けども行けども果てしないレールにめまいを感じていた。田園風景が広がり続け、空が明るく広くなるにつれて、やがて「おきまり」の川にかかる鉄橋にたどり着いた。
 
 何十年もたった今でもその周囲の風景がよみがえる。人家はほとんどなく、田畑は少なくなり、草が生え放題の野原が周りに広がり、ぽつんと遠くに見える人造物は家電メーカーの工場だけだったような気がする。子供心にも「ずいぶん、遠くまで来たなぁ」と感慨深くなった。
 
 それは河口付近の小河川の鉄橋だった。それほど長くなくまた高くもないはずだが、子供だったのでその鉄橋中央は水面からとてつもなく高く感じ、しかも向こう岸は遙か遠く、渡るには足がすくんで、できなかった。
 
 結果的にはそれでよかった。もし渡っていたら、滅多に遭遇しない気動車(ディーゼル車だったような気がする)の貨物列車に正面からぶつかっていたからだ。
 
 渡ろうぜ、いや引き返そうぜ、と押し問答をしていたが、気分は渡りたくなかった。実際強がったものの渡るのにはかなり勇気が必要だった。誰からともなく、川に降りて少し休もうぜ、それから考えよう、と言うことになった。
 線路に耳をつけて、走ってくる列車の気配を未然に探るなんていう知恵は当然なく、そのまま川に降りようとしたら、遙か彼方からぶうーんといううなりと共に、がたたんと継ぎ目を鳴らす音が近づいて、鉄橋をけたたましく貨物列車が通り過ぎて行った。
 スピードを上げている列車は予想外に速く、もし渡っていたら子供の足では逃げ切れまい。
 かくして、私は九死に一生を得た、その記憶がスタンド・バイ・ミーを見ている時にあまりにも似通っていたので、そのシーンで思わず身を乗り出してしまったのだ。
 
 だからといって、列車やSLが嫌いになったわけでなく、それからもやはり線路脇へ自転車をこぎこぎ、あやうく死に損なったくせに、爆走する列車を間近に見ては喜んでいた。やがて、関東に引っ越して来て、鉄道路線は鉄条網や柵で近づけないようになっており(あたりまえだ)列車のそばへ行けないのはなんで?と不思議に思っていた。
 それに聖地のようで、また神々しいほどの高台にしつらえられていた線路はこちらでは側道と同じ高さの真っ平らで、ありがたみが消えていた。
 そこでの列車鑑賞があまり面白くないことや、汽車と違って電車の迫力が今ひとつだったので程なく興味を失ったようだ。それでも電車に乗れば先頭に陣取っていて運転手と一緒に電車を動かしている気分になっていたのは冒頭に記したごとくである。
 
 子供はこんな風に新しもの好き、好奇心のかたまりである。実はそれにも遺伝子が作用しているという話をご存じだろうか?
 
 脳にドーパミンという物質が放出されると、人は快感を得ることができる。ドーパミンは何かに熱中すると放出され、快感を得るために、人はさらに熱中する。これを「報酬」と呼んでいる。
 このホルモンは非常に面白いくせを持っているが、それを詳しく述べると大変長くなるので割愛するが、そのドーパミンを快感の「鍵」としたら、それを作動させる「鍵穴」がいくつか発見されている。 実は、そのうちのDRD4(ドーパミン受容体D4)と呼ばれる鍵穴が「新しもの好き」の遺伝子が作り出すものだとされている。
 
 ドーパミンが放出された時、それを受け取るDRD4の活性が強い人は好奇心旺盛で新しもの好きの傾向がある、と96年頃解明され発表された。その後、イヌにおいて、この遺伝子の多い少ないで盲導犬の素質が予見できないかと研究が進んでいるそうだ。盲導犬はその性格で訓練を積んでも2/3ほどドロップアウトしてしまうから、訓練前に選別できれば有用である。
 
 なるほど、遺伝子に書き込まれているのであれば「ハマる」こと、ハマリやすい性格は仕方あるまい。しかし、そうであれば、私もそうであったように、誰もが子供時代になにかしらにハマリやすかったものが、どうして大人になると消えていき、好奇心が失われるのだろう?
 
 遺伝子にかかれているはずのものが成長に応じて変化したり、失活する遺伝子は他にもある。成長が終わった20台でも夜食をどれだけ食べても、暴飲暴食しても太らなかったものが、中年に入るとちょっとした油断で太りだしていくことはご存じだろう。このわけは「時限遺伝子」の存在が疑われており、4〜50台の年齢になるとその遺伝子は「エネルギーを倹約するように」とスイッチを入れるようにできているらしい。だから、青年期と違ってはるかに少ないカロリーで生きていくことができる、その反動として、若者と同じように飽食するとぶくぶく太り出す。
 
 生殖年齢を過ぎるとヒトといえども、もうお荷物である、カマキリのオスなんぞ交尾が終わったら、用なしなので栄養源としてメスにすぐに食べられてしまうくらいだ。
 
 そこまでは行かなくとも、若い世代のじゃまにならないように年寄りが生きていくためには少ないエネルギーで生きていかなくてはならない。からだの省エネモードがオンになるのなら、狩猟生活時代は合理的であろうが、美味しいものがふんだんにある現代では無駄な機能なのであろう。
 
 同じように、好奇心を司るDRD4遺伝子の活性は、もしかしたらそれは大人になるとどんどん少なくなっていくのかもしれない。
 実は「時限遺伝子」で、ヒトは大人になると「好奇心」がなくなるように決められているのではないだろうか?
 
 以下は私が勝手に想像していることだが、好奇心は知育の発達のためには必要不可欠である、しかし、自然とすり切れていくようにプログラムされていなかったら、好奇心が増大し、科学を手に入れた高等生物がそれ自体を研究し、その仕組みを打ち破ってしまう。
 そして今、「造物主」が懸念した、「好奇心をすり減らさなかった少数の人類=科学者」が「遺伝子の暗号」のその分厚い壁を破ろうとしている。そこまで考えるとなにやら背筋がむずむずしてきた。
 
 光瀬龍氏に「百億の昼と千億の夜」という傑作SF小説がある。萩尾望都氏の同名漫画の方が有名かもしれない。
 「宇宙はなぜ存在しているのか」
 「宇宙に始まりがあるなら終わりはあるのか」
 「なぜこの世は滅びに向かうのか」を遙かなる過去より、戦い続けていることが宿命とされる阿修羅王が時空を越えて、その謎に挑む。
 小説はあちこち時間と場面がすっ飛んでいて、かなり難解だ。(萩尾氏の漫画は原作に忠実で美しくわかりやすく、かつ壮大なスケールでかかれており、実はこちらの方がおすすめか。)消されていく遺伝子の可能性のことを考えていたら、ふとこの作品に似たところがあることを思い出した。
 
 大いなる謎のその答えは、内なるものの中に、あった、というこの小説のモチーフは遺伝子の謎を象徴している。なんてのはかなり大げさだが、興味のある方はぜひ一読をすすめる。
 
 今日も電車には乗っているが、もちろん先頭に陣取りはしない。それをしなくなってどのくらいたったのだろう。
 子供時代はどうしてあんなに夢中になれたんだろう?いろいろハマることも減ったなぁと、つれづれに考えを巡らせても、うっかりあいた席に座ってしまうと、眠くなってあれこれ考えることもめんどくさくなってしまう。世の中には知らない方が幸せなこともある。それもこの一つか、と思うことにしようか。


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2008年01月23日水曜日「アステカはなぜ滅んだ」
 古代アステカ文明を滅ぼしたのはスペインのコルテス率いる小武装したたった500人足らずの部隊だった。
 しかし、高度な技術を擁し、軍隊も強力であったアステカ王国を遠征軍、それも一中隊足らずの軍がわずか2年で壊滅できたのは、なぜか?
 
 アステカの首都テノチティトランは人口30万人を擁し、当時のパリと並ぶ大都市だった。テスココ湖上に浮かぶ島を干拓し街を広げ、縦横に沿岸に橋をかけ、王都とした。湖上に浮かぶ大都市であり、現存すれば間違いなく水の都として世界遺産になっていただろう。ちなみにテノチティトランの別名がメシコでありこれがメキシコの国名のもととなった。
 アステカ文明はその建築の高度な技術をもっても欧州にひけをとらなかった。また周囲の小国を武力で従えており、防衛力もあなどれなかった。南米のインカ帝国とも商業交流があったこともわかっている。
 そのアステカがあっけなく倒されたのはコルテスの軍事的才覚や小銃などの兵器が圧倒的に優れていたのではなく(それも要因の一つだろうが)、疫病がアステカに蔓延したためだと言われている。
 
 これは偶然ではなく、必然に近いものがあった。
 
 ヨーロッパから見たら、コロンブスが新大陸を発見しても、南北アメリカ大陸は一つの巨大な島だった。人の組織的な交流はなく、相互異なる文明を発展させてきたのは周知のごとくである。それまで、何度となくヨーロッパを席巻したペストや天然痘はアステカ・インカ帝国には存在しておらず、それをもたらしたのは間違いなく悪意を持つ征服軍と善意の宣教師であった。
 
 たった一人の宣教師が北アメリカのインディオ処女地を訪れたことで、一部族が滅んだという記録も残っている。宣教師が乗っていた船に忍んでいたネズミが疫病を輸出したかもしれないし、同乗していた船員が持ち込んだものかもしれない。宣教師が仕事熱心で次々に新しい部落を訪れれば、そして奥地へ行けば行くほど、その被害が広がっていったのは皮肉である。
 
 コルテスのスペイン軍は知らずにアステカに天然痘を持ち込んでいた。
 それをアステカから見たら「神の軍隊」に見えても不思議ではない。欧州人は何度も天然痘禍にさらされており、自然免疫を獲得していることが多かった。小児時代に軽く罹患していたものも大多数でたとえ数人感染者が出ても、軍全体に広がるということはなかった。
 しかし、全くのこの病気にかかったことのない免疫的に丸腰のアステカ人は壊滅的な打撃を受けた。さらに畏れを抱いたのは初めて見た得体の知れない病気がアステカには次々に襲いかかるのに、侵略者たちはびくともしない。

 中世の呪術的信仰はスペインもアステカも同様で、この惨劇を見た双方は「神の意志」を意識した。
 
 「神の軍隊が我々を滅ぼしにやってきた」とアステカ民衆が思っても、それは責められない。

 さらに彼らはアステカ神話に出てくる「白い人・ケツァルコアトル神の化身」と恐れおののいた。ケツァルコアトルは古代アステカを追われた農耕神でいつの日か必ず帰還する、と信じられていたからだ。スペイン人はメキシコ原住民より当然のごとく肌の色が「白い人」だったからなおさらだ。
 アステカ人はこうして王に対する忠誠心・求心力を失い、戦意も低下した。決定打は王自身も天然痘に倒れ、それをついだ若い王もすぐに罹患して死亡したことも拍車をかけた。
 スペインにとっては神風が吹いたようなものだろう。内乱こそ後押しがあったがインカ帝国もおなじ疫病禍のなかピサロに滅ぼされたのはわずかアステカ滅亡の14年後のことだった。

 歴史の教訓は現代にも当てはめて考えることができる。

 たとえば、鳥インフルエンザが変異して、ヒトからヒトへ伝染する能力を取得したとしよう。

 たった一人の感染者がもし日本の国際空港に降り立ち、体の異変を感じながら、交通機関を乗り継ぎ帰宅、翌日、発熱をおして通勤電車に乗り仕事に行く、と仮定する。
 
 一人の感染者から数日後には首都圏で数万人の感染者を生み出すという試算がある。彼はその後、職場で倒れ、緊急入院。入院先で慎重に扱っても、医療従事者を感染でなぎ倒し、診療どころではなくなり病院機能停止状態に追い込む。一人の感染者は瞬く間に発病者を増やし、直後に「発熱者移動禁止」の緊急法令を出しても、免疫がない者たちは次々に発病。試算では実に2〜3000万人(全人口約1/6〜1/4)が罹患し、死者は60〜100万人に及ぶだろうと推測される。恐ろしいことに高病原性を保ったまま(現代の治療を施しても致死率50%)感染する最悪のケースを想定するとと国内で1000万人の死者が出る可能性がある。
 
 これは絵空事でなく、疫病のアウトブレイクの始まりはいつもこうである。
 
 アステカの住民に降りかかったことが現代の我々にどうして襲いかからないと言えるのか?いや十分にありえるのだ。医学の進んだ現代でも条件さえそろえば、である。
 治療法のない未知の病気に対してはいつも人類は何もできず、運命の前に立ちすくむのみだった。
 
 そんなバカな!と言われるかも知れない。しかし上記のごとく、この高病原性鳥インフルエンザの致死率はICUが完備した現代の手厚い治療を施しても30〜50%におよぶ。もし、高病原性を保持したまま燎原の火のように広がってしまう新型インフルエンザに変化したら、想像を絶する被害が起こることは間違いない。
 
 インフルエンザごときでそんなことがあるわけない、と思われるかも知れない。
 
 しかし、第一次大戦中パンデミック(世界的流行)となったインフルエンザがまさにそれだった。
 あっというまに全世界を席巻し、数億人が感染し、短期間で4000万人を死亡させたこのインフルエンザはスペイン風邪と呼ばれた。かつてあったどの戦争でもこれほどの戦死者を出したことがなかったから、いかにすさまじい威力だったかがわかる。
 
 一人の宣教師が新世界にある部落を滅ぼす感染源になったのと同じく、極めて強い感染力を持つウイルスは危険きわまりない。パンデミックになる条件はたった一つである。ヒト→ヒト感染が成立するウイルス、遺伝子変異株が生まれるか否か、だ。
 鳥インフルエンザは鳥→ヒト感染が成立しており、パンデミック寸前の状態にあるので、現代の疫病候補ナンバー1である。

 スペイン風邪の時と違ってタミフルがあるじゃないか、と思われるかも知れない。そう、高病原性鳥インフルエンザはA型インフルエンザに属し、理屈上はタミフルの効果は期待できるはずだ。
 しかし、発病した鳥インフルエンザにもタミフルは投与されている、にもかかわらずの数十パーセントの致死率であるから、どういうわけであろう。
 効果の出る投与量も通常と異なるかもしれないが、恐るべきことに、ウイルスは変化をして生き延びていく本能を有している。投与するそばから耐性化するという想像もありえる。
 この「抗インフルエンザ剤耐性」(薬が効かない)ウイルスも今流行しているインフルエンザでも出始めているというので注意が必要だろう。特に幼児で耐性化させやすいので、お子さんにタミフルを投与するのは例の異常行動の件だけでなく、慎重にならざるをえない。
 
 従来型(現在)のインフルエンザの死者は病原性が低いのでほとんどが心肺合併症を起こしやすい高齢者、または脳炎を起こしやすい乳幼児であった。
 しかし、高病原性の新型インフルエンザの死者は体力のある青年層がやられやすい。これはサイトカイン・ストームと呼ばれる現象が体内で発生し、屈強で元気な若者ほど重症化する。詳しい話は割愛するが、ウイルスに抵抗する免疫の暴走によって多臓器が障害を受けるまことにやっかいな病態である。
 
 関東大震災は必ず来る、来ると言われて久しい。阪神大震災、中越震災の報道を見るたび、「備えをしなくては」と思うが、数日経つと忘れてしまう。インフルエンザもパンデミックがいつか来ると言われても、その時はその時だと思っている方が多いのではないだろうか。

 「疫病の世界史」(中公文庫)という本の巻末に中国での疫病の歴史と一章を割いて載せてある。
 中国は歴史書が充実しており、他国と違ってこのような記録は正確にたどりやすい。地名と年号と疫病の記録がずらずらと数十ページ費やしてあるが、ひっきりなしに地方地方に疫病が襲いかかっているのがわかる。これだけ病原菌に繰り返し襲いかかられていたらさぞかし、ダメージが大きく、人口も増えないだろうとすぐにわかる。
 実際、あの広大な中国で11世紀までは人口5〜6000万人たらずで、戦乱や飢饉・疫病で増減を繰り返していたが、ようやく1億人をこえたのが清代(17世紀)である。その後の人口爆発(300年で13倍!)は疫病を克服したというわけではなく、農業革命でやせた土地でも食物栽培ができるようになったことが主原因であるが、欧州での近世人口増加は度重なるペスト禍をくぐり抜け衛生観念を発達させたことも大きいだろう。
 
 人の移動速度、交流、が膨大な量になっている現代は人口過密もあり、感染のスピードも想像を超える速さであろう。情報の伝わり方が格段に増加している現代ではいくら治療があるとはいえ、パニックになることは間違いない。
 日本は島国であるため、疫病が発生しても門戸を閉ざすことができた。動物や人の移動は大陸の国同士と違ってごく少なく、パンデミックの恐怖はどういうものか幸か不幸か、民族の記憶にもすり込まれていない。だから、政府の危機管理の感覚もごく緩やかである。
 2006年の閣議決定で高病原性インフルエンザの感染が発生したら、強制入院や就業制限が認められると法整備された。
 はぁ〜、である。それくらいの甘っちょろい管理では必ず大流行を引き起こし、死者があふれかえることだろう。
 
 新型インフルエンザが発生したら直ちに戒厳令をしくくらいの大規模な国家統制が必要である。ヒト→ヒト感染の遺伝子変異株が他国でも見つかり次第、全国民にH5型ワクチンの強制接種、空港・港湾施設で発熱者強制隔離・検査、さらに国内発生が確認されたら、感染者の専門施設での厳重隔離は当然として、発熱者の交通機関利用禁止(違反者は罰金をとってもいい)集会・イベントの禁止。場合によっては旅行禁止、などそこまでやらなくてはだめであるし、「たかがインフルエンザ」と思っている国民に繰り返しアナウンスする必要がある。
 
 全員ワクチンかよ?といやがられそうだが、「パンデミック発生」の報道は必ず遅れる。実質、第一例発生後、3ヶ月ほどで全世界に広がると言われているのでWHOの発表など待っていたら、国内の防衛手段はすでに手遅れになる。またワクチンはすぐに効果が出ないから、とっとと打たないと間に合わない。
 
 私たちはアステカの轍を踏んではならない。
 
 命に関係ない「地デジ」だのを公共電波で宣伝するお金(税金)があったら、パンデミックの恐怖をしっかり放送してほしい。皆の意識を「防衛が一番」と統一して、そして大げさと思える措置でもパニックに陥らず確実に遂行できるように情報開示と各人の正確な知識が必要と考える。
 
 我が国では、なにぶん、医師が言うより、まだまだTVを信じる方が多いと思われるので・・・切にTVやラジオ・ネットなどの政府広報にぜひ期待したい。
 インフルエンザ(従来型です)が早い流行を迎え、「休めないんです」といいながら、マスクをしてふらふらになるまで、電車通勤をして仕事を続け、倒れ込むようにして来院される患者さんを見ていろいろ考えた次第である。
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2008年03月12日水曜日「どうなんだ?メイド・イン・チャイナ」
 映画「バック・トゥー・ザ・フューチャー3」で1950年代のドク(タイムマシンを作った科学者)がタイムマシンの修理をすることになりマーティ(主人公のタイムトラベルする少年)にあるセリフをつぶやくシーンがある。

「この故障した部品は…やっぱりメイド・イン・ジャパンだ」
これを聞いたマーティは驚く。
「何言ってんの。ドク、日本製は世界一だよ」
30年未来から来たマーティはメイド・イン・ジャパンの優秀性を知っているのでドクにあきれ顔で言うが、ドクは首を振って「信じられん」とつぶやく。
 
 ドクにとって1950年代の日本製の信頼度などは笑止で、まさしく彼の言うとおりだっただろう。
 日本の高度成長とは威勢のいい言葉であったが、製造品は「安かろう、悪かろう」で廉価に特化し、無尽蔵とも言える粗悪品を世界に垂れ流し、ドクの言葉ではないが、「壊れやすいのはやっぱり日本製だ」と世界の人々にすり込まれてしまってもしかたがなかった。

 今回、中国製冷凍食品(ギョーザ)に農薬が混入されていたと言う事件報道*を受けて、「やっぱりな」と思う半面、これは日本がいつか通ってきた道ではないか、とも思った。
 ここ数年、中国は戦後日本のようにGDPが連年フタ桁台くらい産業が急成長している新興国(?)だ。北京オリンピックを控え、建造物ラッシュもあり、あたかも1964年東京オリンピックを迎えた日本のような盛況ぶりを見せている。
 このような国の状態の時は経済成長にかまけて、あちこちに無理がたたっているが止めようにも止められない。まるで、ネジがとれかかっているのに、運行を中止できないで悲鳴をあげながら爆走する機関車のような恐怖を感じる。
 また、たとえは今ひとつだが、骨格をそのままに背伸びせんばかりに引き延ばされるとあちこちにひずみが生じておこる子供の「成長痛」のような痛みをまさに現代中国が感じているのではないか。

 が、かつての日本のことはいい。
 安く乱造した粗悪品をつかまされていやなら買わなければよかった。当時の先進国は信用のおける自国品を使用すればそれでいい。こうした体験が逆輸入されたのか、我が国民は現在も日本製品を一段と低いものと考え「舶来品ブランド」が無条件に優れているという風潮が根づいたのではないかとも思う。遠くから見ても「あ!、あのマークは・・・」とわかるのは、所持者から見れば鼻が高いのだろうが、材質や使い勝手はお世辞にもどうか、というものも多い。
 
 車でも高級ブランドのベンツやBMWに対抗して作られたトヨタのレクサスは私から見たらなんの遜色もない優れた車と思えるのだが、国内の人気では今ひとつなのは同じような理由なのだろう。
 事実、北米ではレクサスはドイツの二社の車を押さえて大成功したと聞く。自動車と言えばかつては英・独・仏・伊・北欧などは長い歴史を持ち、他大陸の新興勢力を寄せ付けなかったほどだ。欧州プレミアム市場に割って入ったレクサスの成功は特筆すべきで、「新しかろうが、よいものはよい」と信じるブランド至上主義にないアメリカの合理主義はこの場合は賞賛に値する。

 そういった、便利品や装飾品ならともかく、食の安全については原始的な恐怖感がつきまとう。人間はなにしろ食べなければ、命をつなぐことができないのだ。もちろん車だって安全装置がぼろなら危なくて乗ってられないが、高級車が競っているのはそんな当たり前の低レベルの争いではないから問題の質が全く違う。
 
 安全と信じたというか、安全で当たり前の冷凍ギョーザから猛毒の農薬が検出され、あちこちで被害が出た。それが、中国の工場で生産された輸入物であったことから大騒ぎになった。
 原材料の残留農薬なのか、製造工程での意図的な混入なのか、捜査している、と報道されているが、おそらく日本が満足できる調査報告結果にはなるまい。

  「さんざん調べたが我が国で混入された形跡はない」と中国側が発表するのは火を見るよりも明らかである。

 誠意のない対応になるのはもちろん日本が怖いからではなく、北京オリンピックを控えているので、食の安全が保ててないとされると、全世界に対して面目がつぶれるからだ。
 実際、日本で直前合宿し、北京入りしようと予定している外国選手団もいるらしい。
 また、世界記録保持者のマラソンランナーが北京の大気汚染を理由に出場辞退したというニュースも入っているから、危険なのは食だけではないようだ。
 
 まあ最近は違うニュースが日本にあふれてきており、(イージス艦漁船衝突事故やロス疑惑容疑者再逮捕など)どんな大事件も瞬く間に忘れ去られていくのがおきまりの我が国民性に中国もきっとほっとしていることだろう。

 今回の事件に関して思い起こされるのが、過去日本が通ってきた道の中、最大の影の部分は四大公害病(水俣病・第二水俣病・イタイイタイ病・四日市喘息)だ。
 未だに後遺症や保障問題で被害を受けているかたが多いのは痛ましい。
 
 水俣病の原因は当初から工業廃水に含まれる水銀が疑われていた。しかし、メチル水銀(有機水銀)を排水として海に捨てている工場は世界に多数あったにもかかわらず、水俣のみ大量に中毒患者が発生したため、責任会社は自分のところで排出しているメチル水銀がこの病気の原因ではないと主張した。
 
 現在も真相はすべて解明されたわけではないが、排水の生物濃縮(魚に蓄積した水銀がどんどん濃くなること)や精製法を変更したために起こったとされている。
 旧厚生省がメチル水銀が水俣病の原因であると公式に認めたのが1956年に第一号患者が現れてから、なんと、12年経った1968年のことだった。それまで、企業がメチル水銀を垂れ流し続けていたのは言うまでもなく、今回の中国の対応によく似たところがある。
 
 熊本大学医学部が水俣病発生年に「メチル水銀が強く疑われる」と旧厚生省に早々と報告しているのにもかかわらず、黙殺された。
 その後、どういうわけか他大学の調査で複数の学者が「メチル水銀が原因ではない」と学会でも発表している。このため学会やマスコミは混乱し、原因究明に大きく遅れが生じたのはいなめない。
 政府となんらかのつながりがあった巨大企業に弱い立場の患者は声をあげることもできず、企業の暴走を止められず、結果病気の程度の軽重はあるものの10000人以上の患者を作り出した。今回の農薬問題で中国が我が国の負の財産を反面教師とするかどうかは中国の今後の対応によってくるだろう。

 我が国の食糧自給率は40%を切っている。コメ以外は純粋な国産をまともに食べられるものはないといっていい。牛肉を始めとして、魚類なども遠方の国、野菜や大豆など多くの食材は中国からの輸入に頼らざるを得ないのだ。農薬が怖いからといってそれでは何が食べられる?すべて有機農法の食材を選ぶと、ものすごい高額になり、食費だけでとてもやっていけないだろう。
 
 加工品は原産国表示の義務はないので、思いもよらないものが中国産であることはお気づきでしょうか?

 ソバ、ペットボトル茶、ショウガ、ウメ・・・いずれも和食には欠かせないが、私たちが普通に食べているほとんどのこれらの原料は中国産と考えていい。いずれも、需要に対して国内生産量はものすごく少ないのだ。流通量から考えれば、認めたくなくたって中国産を知らずに食べていることになる。
 
 だって「国産○○使用」って書いてあるじゃない!と悲鳴が聞こえそうだが、国産のものが数%含まれているだけで表示してよいのだ。もちろん「100%使用」と明確に書いてあっていて混ぜものしていたら、偽装表示にはなる。
 ウナギだってあれだけ騒がれたので中国産は店頭から消えた、が今まで7割も中国産だったものが、瞬く間に消えたのなら、どう考えたって3〜4倍値上がりしてもおかしくない。スーパーでは「国産」と書いてあるのに・・・値段はほとんど変わっていないことにお気づきだろう。
 これにはからくりがあって、生きたまま輸入して、加工すれば「国産」になるのだ。ウシは輸入しても一定以上の期間育成しないと「○○産表示」ができないが魚介類にはそのしばりはないからだ。
 
 ギョーザなどは氷山の一角だろう。あらゆる食材が中国では農薬まみれだ。この国が生産効率至上主義からどこかでカジを大きく切ってもらわないと、我が国は食材テロ(と書くと反発があるだろうが、中国の人も「こんなものはオレらは食べないよ」といって平気で輸出しているから、ある程度いっていいと思える)で滅びてしまうかもしれない。

 まさか薬草は大丈夫だろうなぁ、と思っているが、葉っぱなど生薬をすりつぶして作る漢方薬はどうなのだ?
 
 葉類は農薬をつかわずにきれいに育てるのは難しく、また残った葉も最も農薬の影響を受けやすい。漢方薬の原料は当然ながらほとんどがメイド・イン・チャイナである。
 漢方は「副作用」が少ない、と信じておられるかたも多く、それを指定する方もいらっしゃるが、ここのところだけは製薬会社に問うてもおそらくはっきりしない。そもそも、健康被害が出ても薬ではわからないのだ。元々健康な人が飲むものではなく、(なにか悪くなっても病気のせいになってしまう)また、それこそ「副作用」とすれば、原料のせいだとは永久にわかるまい。
 中華の肉料理に香辛料としてつかう八角(ウイキョウ)も流通のほとんどが中国産である(約85%)。この八角に含まれるシキミ酸を原料として作る薬が抗インフルエンザ薬であるタミフルだ。
 だから、タミフルはほとんどが中国生まれと言うことになる。もっとも最近は酵素法で八角を必要としないで生成する方法も考案されたから、こちらでまかなう量が次第に増えているにはいるが、まだ大部分が八角由来と聞く。
 
 私たちは食材だけでなく、衣料も含めて医療(お、偶然しゃれになった!)もメイド・イン・チャイナから避けることはできない。三食一汁一菜でコメを食べ、わらじを作り、木綿を着て、なたね油で火をともし、(当然ネットや携帯などなし!)江戸時代の生活に戻ることを決意すれば我が国で自給率100%も夢ではない。それができないわけだから、かの国と上手につき合っていくしかないのだ。

 映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー1」のラスト・シーンで主人公があこがれのピック・アップ車(若者に人気のトラック型四輪駆動)を手に入れるシーンが流れる。言わずとしれたダットサン(ニッサン)製だ。80年代のアメリカでは日本製は最上のものというイメージを持っていた。

 数多くの被害者を出したとはいえ公害を克服し、日本は30年たって世界に誇れるだけの制作品を送り出せた。

 日本は公害を減少させるノウハウを知り尽くしているとも言える。だから、闇雲に中国を非難するばかりではなく、皆の利益につながることだから、大気汚染や水質汚濁に対する技術提供はしてはいかがなものかと思っている。そして、その方がODAとして大金を好き放題に中国に渡すよりはよいのではと考えている。

*冷凍ギョーザ農薬混入事件:千葉県と兵庫県で2008年1月中国産の冷凍ギョーザを食した10人が中毒症状を起こした事件。調べでは中国での工場で殺虫剤のメタミドホスが混入されたと判明した。

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2008年07月11日金曜日「オペラント条件付け」
 数年前のことだから時効と言っていいだろう。
 
 あるお子さんを診察し、所見から溶連菌感染症が疑われると診たので、迅速診断が必要と母親に話した。綿棒をで咽頭部を軽くこすり、そこに付着するであろう菌の抗原を調べるのだ。
 のどを触られるから、嘔吐反射の出やすい人は確かに不快ではあるが、決して痛い検査ではない。ものの数秒でできる。母親は承諾したのだが、子供がかたくなにこの検査を拒んだ。
 
 子供といっても10才くらいの小学校高学年である。私が言う「検査が必要である」、という言葉の意味は理解しているらしいが、彼はとにかくイヤだの一点張り。これだけ大きな男の子が真一文字に口を閉ざしたら、この検査など絶対にできない。
 園児ではこのようなことはよくあるのだが、小学生では、ましてや高学年の子ではなかなかお目にかからない。
 私が「この検査をしないと君の病気に合った薬を出すことができないし、検査自体痛くないよ」と諭してもまるで反応しない。
 業を煮やした母親は「ほら、先生に怒られる前にちゃんとやりなさい」と言う。
 
 ここで私はちょっと鼻白んだ。なぜ、私がこの子を叱らなくてはならないのだ。その立場なのはここでは母親ではないだろうか?
 まあ、このくらいの物言いをする親御さんはいくらでもいるのでそんなことで腹を立てたりはしないが、子供にしっかり検査の重要性を話しても、全く話が通じずいやだ、イヤだの駄々をこねるばかりだ。
 
 さすがに辟易して、
 「君は小学校高学年だから、先生が言っていることはわかるよね。この検査は口を開かないとできないんだよ。無理矢理することはしないから、君が自分で考えて決めなさい。」と言った。
 すると、母親が突然「もういいですから、薬をください」と口をはさんできた。

 私はびっくりしたが、すぐに、ははあ、なるほど、こういう救いの手が絶妙のタイミングでさしのべられるわけだから、いつもこの子はこんなにかたくななのだな、と想像した。
 「?。今、お子さんにも私が言ったこと、お母さんにもおわかりになりましたよね?検査で診断が確定しないと、合った薬を出せないとお子さんにも言ったばかりですよ。それをお母さんが真っ向から否定したら説得がなんにもならないじゃないですか」
 「ですから、検査はもういいって言ってるんです。第一、昔はこんな検査なかったのに溶連菌だって診断つけてたんじゃないですか?」
「??。昔はそれでもよかったでしょう。私もほぼ溶連菌感染症だと思いますよ。ですが、科学的に裏付けをとった方がより正確な診断になりますし、もしかしたらの誤診を防ぐことにもなります」
「こんなにいやがっているのに、それでもする必要がありますか?ほぼ診断がついているのなら、治す薬をください。こういうことだから、検査漬けと言われるんじゃないですか?」
 
 私は母がどうしてこうキレてしまうのか理解できなかった。これだけ、無茶な論を強硬に言われると、話すだけ疲れてくるのだが、
「その時代時代でスタンダードな診断法や治療があるのですから、昔と比べるのはナンセンスです。少なくとも私は検査は必要と考え提案しました。」
 と切り返した。しかし、次の言葉を聞いて仰天した。

 「いいえ。結構です。こういってはなんですが、大体、先生は冷たすぎます。」
 「???」
 「これほど、怖がっているまだ小さい子に、自分で検査をするかどうか決めろ、なんて、信じられない!」
 
 私はやっと納得がいった。母親が激怒したのはまさにこの部分だったことに気がついたからだ。さぞかし、この子は家庭では親のいうことを一から十まできかされていることだろう。
 ここでは私が正しく母親が間違ってるなどとの論は開陳しない。これは考え方の相違であり、平行線になるだろうなとは思うが。
 
 私は小学校高学年という年齢では程度の差こそあれ、話して納得させるべきものだと考えている。実際、採血でも点滴でもそうだが、医療行為は受けるものが納得しないと無理な場合も多いからだ。痛いし不愉快であり、それでいて即物的に満足できるものはなにもない。
 
 それだからこそ、ウソを言ってごまかしたりすることは私は極端に嫌いなのだ。たとえウソを言ってその時楽に治療を終えても、その子はずっと「ウソをついた」医療者を信用しないだろう。
 私は、まだ、話自体通じない小さな子に対しても、決して注射は痛くないなどとは言わない。注射が誰だって痛いのは決まっている。
 予防注射に来た子が診察室に入るなり、「チックンしない?」とおびえた眼でうったえても、私はあっさり「するよ」と言う。
 すると保護者がバツの悪そうな顔で「この子には予防注射するって言ってないんです」という方もいる。親としては注射しに病院へ行こう、って言ってしまうと、テコでも動かないお子さんもいるのだろうから、それはそれで仕方がない。だが、最終施行者の私がウソを言っては、その子に対する完全な裏切りである。今後、医療者がどんな説得をしても幼い子の心に芽生えた疑心はぬぐうことはできないだろう。
 
 いやがる子供に対して手っ取り早く言うことを聞かせる方法に「○○できたら、あとでなんか買ってあげる」という方法がある。これはウソをついてないだけましだが、果たしてどんなものか。
 
 以前、来院した子供達にシールを配っていたことがあったが、今はやめている。それはこんなことがあったからだ。
 
 ある日、腹痛という4才くらいの幼女が親に連れられて来院した。診察したが、お腹を痛がっている風ではなく、便秘でもなさそうだった。「虫垂炎らしくもないですね。お腹の動きも問題ないようです。薬を飲むとしたら整腸剤くらいでしょうね」と言った。親御さんは「そうですか。それなら様子を見てみます。家では痛い痛いって言ってたんですが・・・」とほっとしたようだが、その子がベッドからぴょこんと起き上がり言うことにはびっくりした。
 「シールちょうだい」
 親御さんの顔がさっと変わった「あ、この子・・・もしかして」あたふたとあわてた親御さんを前に私も苦り切ってしまった。
 いつか来院したとき、シールを私からもらったのだろう。彼女の思考回路をたどるのは易しい。
 
 かつてシールを病院でもらった→今、新しいシールが欲しい→でも病院には用事がない→行けるようにするにはどうしたらいいか・・・
 
 そこで仮病というわけになったのだろう。
 この子を責めることはできない。条件付けをしてしまったのはまぎれもない私なのだから。大いに反省してそれ以来、残念ながら当院に来ても子供達には何も報酬はない。よかれと思っていたのだが、考えが甘かったと言わざるを得ない。
 
 この報酬をちらつかせて、思い通りの行動にあやつるやり方を「オペラント条件付け」という。犬やイルカなど動物のしつけにも応用される方法だ。
 
 オペラントを説明する時の好例がが「ブザーとネズミの実験」だ。
 腹を空かしたネズミを箱の中に入れ、ブザーを聞かせた時のみ、レバーを押すとえさが出てくるように設定する。ブザーの鳴らないときはネズミがレバーを何度押しても、えさはでない。
 ネズミはお腹が空いて最初様々な行動をとる。ときどき、レバーに触れたりするが、ブザーが鳴った直後でないと当然えさが出ない。そのうちに、ブザーのあとにレバーを触れるとえさが出る偶然が増えると、ネズミは学習しブザーを鳴らしたあとすぐにレバーを押す行動をとるようになる。
 これが条件付けで、先の例だと病院とシールがそれにあたる。
 サルくらい高等な生き物だと数段階にも入り組んだ複雑な条件付けも可能で、サーカスなどは大いに利用していることだろう。
 
 「脳内汚染」岡田尊司著という本を読んだ。これはお子さんをお持ちの親御さんは一度は読んだ方がいい。TVゲームやネット上のヴァーチャルリアリティは仮想と現実の区別がついていない子供達の前頭葉を麻薬のように破壊してしまう可能性がある、と論じた本だ。
 かつて「ゲーム脳」という新語でベストセラーになった本の焼き直しかとも言えるが、脳波を調べたゲーム脳の存在自体は医学界では完全に否定されている。TVゲームをプレイしても脳波など目に見える変化は後の追試で「全く変化がなかった」と報告されており、ゲーム脳波は疑似医学、いわゆるトンデモのたぐいと烙印を押されてしまった。
 この脳内汚染も脳神経学会やネット上では否定的な論調が多いようだ。確かに検証はなかなか難しい。といって、全く妄想かというと思い当たる節もあるから困った物だ。そしてこの中での、情報の洪水によって起こるある「オペラント」の部分は戦慄を覚える。
 人間は同胞を殺す、という行為にはかなりの抵抗を感じる、どころか、まともにはできない人間のほうが圧倒的多数だろう。
 大脳の奥深くに倫理、情などの心理的抵抗よりも強い停止プログラムが組まれているといっても過言ではない。教育を受けなくても同族同志は殺し合いなどは滅多にしないものだ。(もちろん例外はある、それがいつか論じた「サル型子殺し」だが・・・ここでは追求しない)
 が、軍隊はそれでは困る。そこで射撃場の的のような人型をした黒いボードを目標に撃つ訓練をすると、次第に人を撃つことに抵抗がなくなるらしい。実際これで命中率が非常にアップしたとのこと。
 現在はCGを駆使した三次元実写(ヴァーチャルリアリティ)のような射撃訓練ソフトがあるのでもっと効率よく一流のシューターを養成できる。

 殺人という最も強い禁止項目の心理的抵抗を取り去るのはこういうオペラントが最も適しているのだ。高度な処理能力を持つ家庭ゲーム機はもはや10年前のスーパーコンピュータより優れている。画面に向かって射撃するソフトだって可能だ。このようなソフトは販売に年齢制限を設けているが、高校生以上の兄弟のいる家庭では年端の行かない下の子だってこれを目にしてできることになるからザル法だ。
 反対意見として、過去にだって大量殺人の乱射魔はいたが、そんな訓練を受けていなかったし、当時バーチャルリアリティだってなかったはずだ。
 また、2007年バージニア工科大学で起きた32人殺傷の犯人はTVゲームをいっさいやらなかったことも知られている。
 だから、シューティングゲームで殺人者は生まれない、と業界は鼻息が荒い。それは、彼らとしてはそう言うしかないだろう。
 私も社会のひずみやらいじめやら複合の理由から殺人者は生まれてくるると思うし、ビデオゲームとの関連などは永久に証明されないだろう。だが、直接の関係はともかくとして、シューティングゲームでは人を傷つけるという痛みを伴う行為にだんだん麻痺してくるのではないか、と想像している。
 
 ただ人を殺したくたって、サバイバルナイフがなければ刺せないし、ショットガンがなければ撃てない。一番悪いのは簡単に手に入る殺人武器であることには変わりない。

 言えることは、オペラント付けされたら自身で考えることはなくなってしまう。それが最も恐いことだ。
 
 溶連菌検査をかたくなに拒んだ子供は自分の不快な気持ちは「抵抗し続けさえすれば、そのうち必ず母親が代弁して、障害を取り除いてくれる」というオペラントがあったに違いない。
 最近の用語だとこの母親はこれくらいの発言でモンスターという部類に入るのかどうかわからない。が、いい悪いという観点を通り越して、しつけ、教育にはオペラントは避けて通れない方法であるから、これはかなりおっかない諸刃の剣だな、と思っている次第だ。


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2008年12月14日日曜日「痛み考」
 江戸川乱歩の最晩年の作品、「指」という結構パンチの効いたホラー・ショート・ショートがある。(ネタバレになってしまっています。あらかじめご了承ください)

 ある高名なピアニストが事件に巻き込まれて右手を傷つけられる。友人である外科医は出血がひどいため手首上からの切断を選択する。
 現代ならば、元通り動くかどうかは別として、顕微鏡手術で神経、血管接合術をトライするケースだろうが、このときはそんな時代ではなかったようだ。麻酔から覚めるとピアニストはまだもうろうとした意識の下、最高の新曲を作った、とピアノを弾こうと右手を動かそうとする。外科医はいたたまれず、また真実を告げることができないので部屋を出るが、そこで恐怖におののく看護婦を見る。彼女の視線の先は、ホルマリン漬けになった切り離したピアニストの手。その手は「まるで鍵盤の上でピアノを弾くように」指がうごめいていた・・・

 これは小説だから、真偽はともかくとして、実際にすでに切断されてしまった四肢の痛みや感覚などを感じることは昔から数多く報告されてきた。たとえば、戦争で地雷や銃弾をで傷つき、足を切断。その後切られた足の痛みを訴えるという兵士の話は枚挙にいとまがない。
 
 そうかと思うと、つい今年の夏頃だったか、バイクで高速走行中、中央分離帯の何かに接触して膝下を切り飛ばされた!というライダーの記事を新聞で読んだ。
 驚くべきことに、全く痛みを感じず、そのまま次のサービスエリアまで走行し、そこで初めて足がないことに気づいた、というにわかには信じられない事件があったらしい。こんな「都市伝説」のようなことが本当にあるのだろうか?
 
 実は人間に限らず、動物では極度の興奮状態では痛みを感じないことがある、と言われている。 大けがなどの体の危機に際して、血管を収縮させるアドレナリンが大量に放出され、筋肉や血管からの出血を止め、血圧を維持し、痛みは脳内麻薬によって消されるのでは、ということも考えられている。
 余談だが、昔から「死兵」といって死を決意した兵士は弓を射ようが剣で刺そうが、痛みを感じないのか鬼神をも切り裂くばかりに圧倒的強さを誇った。
 だから相手をする時「死兵は避けよ」と戦闘指揮者は熟知していた。ために、城攻めの際はそれまで封鎖していた出口は必ず一つ開けておけ、とされていた。逃げ道がある、と知れば城にこもった兵士は「死兵」ではなくなるからだ。窮鼠猫を噛む、ので絶対に追いつめるな、とはまさにこのことである。閑話休題。

 さて、それと真逆である先の「ないはずの箇所」が痛む例、これを医学的にはゴースト・ペイン(幻趾痛)と呼んでいる。
 トラファルガーの海戦で有名な英国の名提督ホレーショ・ネルソン(1758〜1805)は交戦中被弾し右肘を打ち抜かれてしまい軍医によって切断術を受けるが、彼もまたこのゴースト・ペインに長いこと悩まされていた。この本当はない切断されたにもかかわらず存在を自覚している体をファントム・リム(phantom limb)とも呼んでいる。
 同じような意味だが「幽(ゴースト)」と「幻(ファントム)」と言い換えるところに芸の細かさを見る。ファントムは全くの虚像を現しているが、ゴーストはそこに何かしらスピリチュアルなものを想定しているからだ。つまり「痛み」というものは昔から多分に精神的な作用が働いていて、人によって同一ではないと知られていたのかもしれない。

 痛みはひとくくりにできるものではない。私は外科なので手術のさい麻酔を使う。外来で簡単にできる局所麻酔が今は主だがこれは人によって効きが本当に違うものだといつも実感している。効きにくい人、切れやすい人、麻酔注射そのものにものすごく痛がる人、何百回刺したかわからないが、痛みの強さは人によっていつも開きがあることに驚かされる。

 だから、手術中患者さんが痛みを訴えても、ドクターによっては「これだけ麻酔したのに痛みを感じるはずがない」と訴えを退け、麻酔を追加しない、という外科医もいるが、私にはそれがわからない。
 痛みを知るものは感じている本人しかいない。
 ほかの何人もその痛みをわかってくれないのだ。
 外科医がいくら痛がっている人を数多く診て経験を積んでも、そこで新たに痛がっている人の痛みをわかる方法はない。理屈で説明しきれないゴーストペインだって、その逆のゴーストペインレス(?)だってあるのだ。頭で考えるほど痛みは単純ではない。
 
 麻酔科の先生がよく使うペイン・スケールという問診がある。
 「あなたが考えられる最大の痛みを10として今の痛みはどれくらいですか?」とか、また「この間『5』の痛みとのことでしたね。昨日この薬を使ったらどのくらいに減りましたか?」とか使うのである。
 私が痛みを感じる患者になったとしたらハタと考え込んでしまう。
 考えられる最大の痛みというのがまずわからない。
 出産の痛みだろうか?でも経験したことないしなぁ・・・尿管結石ほど痛いものはないという人もいるぞ・・・でもやったことないしなぁ。野球のボールが局所に当たったときかなぁ・・・そんなこと言うのは恥ずかしいし、いまそれを思い出せといってもなぁ・・・第一、歯が痛い時とその痛みは全然性質が違うから同じ土俵で比べられないしなぁ・・・。
 とか考え込んでしまうと、答えを待っている麻酔科の先生がいらついてしまうかもしれない。
 だからたぶん私はガンの痛みがあってペイン外来患者になったとして、その問診を受けても『5』くらいと即答してしまうだろうと今から想像してしまう。(すみません、いい加減な患者で)

 古傷が痛む、それも天候によって左右される、と言う人が多い。割と昔から膾炙されていることであり、そう信じている人もいるだろう。実際、クリニックでもそのようなことをいわれる方もおられる。それを科学的に検証しようとした研究がある。
 傷の痛みに影響するのは気温なのか、日照時間なのか、気圧なのか、湿度なのか、それともそれらパラメータの複合の結果なのか、それらを大規模(数千人単位を調べると統計的に確からしいことは)に調査した研究がオーストラリアでなされ発表された。
 結果はなんと「あらゆる天候は傷の痛みに関係が認められない」とのことだった。予想はついたものの、拍子抜けである。

 しかし、これはかなり余計なお世話様、の研究なのではないか?と疑問に思うのは私だけであろうか。これは天候が痛みに影響しない、という人が圧倒的に多い、というだけであってそれが正常と考えるものではない、と思う。
 この研究を正だとしてそれから類推すると、足などを切った人で「ゴースト・ペイン」を訴える人が圧倒的に少なかった場合(実際そうだと思う)研究発表は「足を切った人のなかでゴースト・ペインを訴えない人の方が圧倒的に多い。従ってゴーストペインは存在しない」となるはずだ。
 それはあまりにも非情な結果ではないか?痛みを訴える人は「異常」だから我慢しろとされてしまうのだ。
 医学統計には結構このようなマジックがあっちこっちに用意されている。少数意見が排除され、民意が反映されないのは政治の世界だけではない。
 
 天候で痛みを訴える人は存在する、としたら、それはその人が頭で天気が悪いと傷が痛むと信じ込んでいるからだ、としてもそれでいいではないか。
 痛みは本人しかわからないのだから。
 
 かつて、ガンの痛みに対して麻薬を使うとよくない、とされてきた。その理由が「死期を早める」というという迷信だったのが恐れ入る。医療従事者でも今でもそう考えている人が多いのには驚かされる。現代では除痛が癌の予後を悪くすることはない、と証明されているので(これは統計マジックではありません)この迷信がどのようにして生まれたものかはだいたい想像がつく。
 医学教育では「医療者はできる限り患者の生命予後を伸ばさなくてはならない」と教えられる。だから、本来癌と闘わなくてはならないのにもかかわらず、放棄して痛みをとるのみという行動を「逃げ」とされ、癌と闘わない→死期を早める、の図式になったにすぎない。
 今まで痛みに耐えどれだけの癌患者が苦しみぬいたか、を思うと痛みはかわってあげられないだけに心が傷む。
 
 繰り返すが痛みは本人しかわからないし、それを客観的に評価することもできない。しかし、私の常識では仰天するような発明も最近あるのだ。

・・・何かを見た時の脳の活動パターンを読み取り、コンピューターの画面上に画像として再現する技術を、国際電気通信基礎技術研究所(ATR、京都府精華町)などのチームが世界で初めて開発した。現在は簡単な記号や文字しか再現できないが、将来的には夢を映像化できる可能性もあるという。・・・12/11毎日新聞より

 これによると何かを見たという、脳に送られた信号をデジタル化できた、ということだ。最初のテレビ画像もカタカナの「イ」だった。これから今のデジタル放送の美しさを想像できるものではないだろう。「夢」の映像化も夢でない(?)
 それなら「痛み」の強さもデジタル化できたら、と考えることもと夢でないのかもしれない・・・
 
 今の段階では当然知るよしもないので、人の「痛み」を理解し、想像し、なんとか助けてあげようとするのが医療者の本分であり、もっと普遍的に言えば政治家なら「庶民の痛みを知る」ことが本性であろうとワタシは思う。
 
オマケ:
 「痛み」に関連して思い出されるライトなオススメの小説を二つ。
(設定に使ってるだけで「痛み」をメインに据えていないのであしからず)
 
 伊坂幸太郎「死神の精度」
 では痛みを感じない死に神が主人公だ。死神と言っても見た目は普通の青年で彼の仕事は死ぬ予定の人を調査して、重大な理由がない限り「可」と裁定する。人間の思考を解さない死神のキャラが際だっている。痛みを感じないのもその設定のゆえか。死神と人との会話が微妙にずれまくるのが面白い。もともと伊坂幸太郎の作品はイキな会話と読後の清涼感が心地よいので、彼の入門編としてはこれは最適かもしれない。
 
 乙一「失はれる物語」
 に交通事故で全身不随となるが知能は温存、右腕だけ感覚が残り、右人差し指だけ動かせる男(すごい設定だが)に毎日見舞いにきては右腕を鍵盤に見立ててピアノを弾いて慰める妻の話が出てくる。これはとても切ない物語だ。
 もう一つ同集から「傷」
 他人の傷を自分に移動させ、さらに人へと移すことができる能力の少年が主人公。彼らが傷を移すことによって・・・
 乙一は才能あふれる短編の名手だ。現代の芥川龍之介と言ったら誉めすぎであろうが、作品の質はライトノベルの領域を越えている。


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2009年02月23日月曜日「森とラムネ氏」
 ずっと昔、森林公園かどこか忘れたが、広大な公園でオリエンテーリングに参加した際、あるレクチャーを受けたことがある。

 「森の役目」というお題目だった。
 
 昔は住宅地でもいいあんばいに点在していて、造成途中なのか東京郊外でも空き地だけでなくあちこちに里山のような林が残されていた。落葉広葉樹林で昼間でも薄暗く、クヌギ、ナラ、ブナが鬱蒼としていた。
 葉が生い茂り、小雨ならほとんどぬれることがないので、子供達は雨でも林の中で遊ぶことができた。クヌギの樹液はカブト・クワガタの大好物で、夏休みの明け方には早起きした子供達が懐中電灯と虫かご持参で、集結したものである。
 
 もちろん、森の役目は子供達のそのような遊び場ではない。
 オリエンテーリングで私が習ったことは、温暖化というグローバルな観点から見ると、森の呼吸で二酸化炭素を酸素やエネルギーに変換する大切なものが一つで、この太陽の光のエネルギーと二酸化炭素を最も効率よく処理し、全動物に恩恵を与えいている。
 もう一つは森は保水力が強く、山に降り注いだ雨水や雪を森がコントロールしているため、大雨が降っても水が山肌を駆け下ることはない。ふもとの集落に鉄砲水や洪水が来ないように防いでいる。見た目には派手な働きはないが、自然界や我々にとってもなくてはならない。縁の下の力持ちとはまさにこのことだ。
 
 富士山のふもとから離れた三島市にほとんど平野に近い市街地なか柿田川湧水群という泉がある。ここは富士山の雪解け水が地下水脈を通り、忽然とこの場所に噴出する。柿田川湧水公園は国道一号線のすぐわきにあり、目の前は郊外型のショッピングセンターが建ち、川の源流としてはあまりに街中っぽい雰囲気で違和感を覚える。
 が、混じりけのない透明度の高い地下水が泉底からぐんぐん沸き上がるのを見ると、地の鼓動を感じるためか思わず身震いする。水はくみ出して飲んでみたくなるほどきれいだ。多くの川が山間の源流から清水のように始まるのに対して、柿田川は泉からいきなり生まれる川で、毎日100万トンに達する水量はわき水としては東洋一だそうである。
 これとて、富士山の5合目くらいまでを覆い尽くす樹林、樹海群がなくてはありえない湧き水であろう。もし裸山だったら雨が降るたび、ふもとは水浸しになり地下水に回らないはずだ。

 オリエンテーリング講習ではさらに「日本の群生林は広葉樹が多かった。その中でもブナは森の命の礎として重要だった」と習った。
 というのも、ブナの実は大量の脂肪分を含み、そのままで食べられ、特に冬眠する動物の貴重な栄養源となっていた。秋になり落葉すると腐葉土となり、キノコが群生する。また、雪解け時には人々が植えて収穫できる野菜より先駆けて木の芽、山菜がその林内に育ち、山間の住民の食料となった。
 ところがこのブナは動物が生きる、ということを抜きにして、利便性を求めると、木材としては全くの劣等生である。
 幹は曲がり、住宅などの柱に使えず、またその強力な保水性で切り出すと腐りやすく、虫食いも多い。そこでその真逆の「まっすぐに伸び、乾燥しやすく、虫がつきにくい、オマケにすぐ成長する(ブナは100年くらいかかる)」スギやヒノキを好んだ。

 日本は敗戦後、復興のため内需拡大や大量の住宅再建のため次々に森林を伐採していった。はげ山が次々に出来たが、それを放置しておくと雨雪の多い日本では大洪水に襲われてしまう。
 スギは成長が早く、30年くらいで成木になるという最大の利点から、スギ・ヒノキを大量に植林をすることになった。国土緑化運動が拍車をかけ、各自治体もこぞって緑の日本を復興しようと躍起になった。

 1950年頃から国策として始まったスギの植林。
 その結果、副産物として最大のものは言わずもがなであるが、成木になるころから全国に大発生してきたスギ花粉症である。この病気が発症する時期、悩まされる方たちは何もする気が起きないと言わしめるほどの国民病となったのは周知のごとくである。今や5人に一人はこのスギアレルギーを持っているというから尋常ではない。
 
 はげ山を復興するのに、スギを植林するときは「よかれ」と思って、誰もこのような副産物を生み出す事態を想像できなかった。
 なぜなら、日光街道にはスギの巨木がずっと立ち並んでいるが、江戸時代から周辺住民にスギ花粉症などという認識や、ましてや徴候すらなかった。
 いきなり1960年代後半よりあらわれたこの病気の理由はいくつかあげられているが、ディーゼル排ガス混合アレルギー説(都会やいろは坂周辺での患者が多かったことから)や寄生虫減少説(アレルギー反応のIgEという蛋白は寄生虫にも反応することから)などはひと頃かなり有力視されていたが、最近の研究からは否定的意見が多い。
 多アレルゲン説や過栄養説も出されているが、確証はない。言えることはスギの大量飛散で患者数が激増しているという事実から、植林政策によって引き起こされたことだけは間違いない。
 
 スギ花粉症をおこさせたことで被害を受けたとして国(林野庁)を相手取りいくつもの訴訟を起こしたことはあまり知られていないが、「因果関係は認めるものの政策自体が間違っていたといえない。また当時の医学知識から予想できるものではなかった」として、ことごとく原告敗訴となっている。
 
 これは仕方がないことである。
 スギの植林によって、最大の目的である、山の保水能力は復活し、大洪水を防いだのだから、そのことを責めるわけにはいかない。しかし、本来、花粉をまき散らすような成木時期が来たら、もう一つの目的である林業復興を目指して伐採・植林を繰り返さねばいけないはずが、低価格になった輸入木材に押されて、伐採は費用がかかるだけとなり、国産スギは放置されていると聞く。
 実際、日本では吉野・秋田・越後などブランド地名のついたスギでないと売れないそうだ。スギなんて、どこでもかわりはあまりないと思うのは、私が木材の素人だからだろうか?
 
 医学でも「よかれ」と思って、あてが外れてきたことは結構ある話だ。
 
 たとえば不整脈。
 心筋梗塞を発症して、軽快した方の大部分に不整脈が発生する。もちろん不必要な心臓のしゃっくりみたいなものだから、止めてあげた方がよかろう、と抗不整脈剤を投与していた。すると、不整脈が減ったので、めでたしめでたしである。
 
 どれだけよいことをしたのだろうか、と不整脈を放置した人たちと薬で止めようとした人たちの生存率を調べてみた。
 
 結果は驚くべきものだった。
 なんと、調査開始後みるみる薬を投与した人達の方が具合が悪くなる方が多くなり、その差が無視できないほど歴然となったところで、この調査は中止された。
 
 これ以上、続けると薬を投与された人たちの方が受ける損失が大きいからだ。
 このわけは正確には解明されたわけではないが、薬の持つ長期的な副作用なども考えられているし、不整脈自身、いたんだ心筋を保護する何らかの現象であるのか、それで止めると体に悪いのか、想像の域を出ない。
 ともあれ、現在では特殊な不整脈や自覚症状の強いもの以外は薬を与えられないで放置される。その方が生存率が高い、となれば当然である。
 ただし、ほかの不整脈、特に心房細動などと診断された方は絶対に治療を受けるべきである。この違いは一般の方ではなかなかおわかりになりにくいだろうから、不整脈の診断を受けた方は放置していいものかどうかは必ず医療機関で相談された方がよい。

 未熟児で出生した低体重児なども、呼吸状態が悪く、低酸素状態となり命が危ういこともある。こんな時、成人で成功していたように高濃度の酸素を赤ちゃんに投与してその状態を切り抜けようとした。
 すると、全身状態は改善したものの、眼底出血して失明したりする赤ちゃんが続出した。
 これが未熟児網膜症である。
 未熟児は網膜の血管も未熟であり発達途上にある。高濃度の酸素がこの未熟な網膜の血管を傷めてしまうことがそれまではわからなかった。
 現在は未熟児に対して、酸素濃度を厳格に調整し、眼底検査を頻回に行い、出血しそうな血管を光凝固(レーザー)という方法で病気の進行を食い止めるので、その発生は激減した。赤ちゃんを救うことで手一杯になっている時、酸素を与えるに至って、このようなことは想像もつかなかった。
 
 医療も症状を軽くする、その臓器を治そうという目的の目先のことばかり追っていると先に挙げたように大きな落とし穴が待っている。

 今現在、大多数の医師の常識となっている「よかれ」と思っている治療法も、今わからないだけで、もしかしたら実はとんでもないことをしでかしている可能性もある。未然に知ることができないだけにタチが悪い。
 
 患者さんと相対している臨床のまっただ中にいる我々のような医師たちはスタンダードとされている治療法を勉強し、それを提供することだけしかできない。たとえ、治療法に疑心が生じても、思いつきで患者さんに対して実験を行うわけにいかないのだ。

 坂口安吾の随筆に「ラムネ氏のこと」という名作がある。
 
 その中で「今こうやって普通にふぐ料理を食べているが、料理として通用するまでどれだけ毒に当たって死んだ犠牲者が出たことだろう」というようなくだりがある。
 それは食用キノコだってそうだろう、また、ふぐ以外のオコゼだって、ジャガイモの芽だって青ウメだって、どこに毒があり、こうすると解毒して食材になる、またはどうしたって食べられない、などと判るまで、どれだけの犠牲者がいたのだろう。安吾はこのような文化を創るのに果敢にアタックしては倒れていった星の数ほどのチャレンジャーを随筆の中で「ラムネ氏」と呼んだ。

 医学も無数のこうした「ラムネ氏」がいないと進歩はありえない。抗ガン剤や難病で新薬を使用せざるをえない病気の方たちはさぞかし不安であろう。なんの安心の保証もなければ、自分がほとんど人体実験に供されているような気分に陥るだろう。
 実際、鳴り物入りであらわれてはすぐに致命的な副作用で回収された新薬だってある。それにあたってしまった人は怒り心頭だろう。
 だが、その一つ一つのラムネ氏の治療が後々の人々への警鐘となり、また港を見失ったさまよえる船にとっては灯台の光となって迷走から救ってくれるのだ。 
 
 日本従来からあったブナなどの生命の源となる広葉樹の植林も遅ればせながら、スギに代わり始まりつつある。ただし、成長は遅いので、林業としては使えない。
 それでもいいのではないか?

 これからは人間重視・経済効率重視の政策の愚かさは顧みてしかるべきだろう。そう、経済効率といえば、スギが林業としても頭打ちなのは自明だし、何より花粉症になった方の失われた集中力欠如・薬代による経済損失の方がはるかに大きい。この政策はすでに経済的にも失敗しているのである。
 日本の森林はその気候から驚異的な復元力を持っている。シベリアや北ヨーロッパの針葉樹などは一度伐採してしまっては二度と植林できないと言われている。
 
 薬も効果が派手でみるみる回復させる「魔法の薬」系であるものより、人間が元々持っていた復元力を利用するようなものが本当は理想的なのではないか?とも最近思い始めている。
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2009年03月13日金曜日「キルロイ参上」
 アカデミー賞短編アニメ部門で日本人が初めてオスカーを受賞したとのこと。
 大変よろこばしい。もともと日本のアニメは世界のトップクラスで「Japan cool!」の称号をほしいままにしていた(は言い過ぎか)が、商業ベースであるハリウッドすりよりの傾向がある同賞を受賞とは今まで出来なかっただけに快挙だ。
 ところで、その時の受賞スピーチを聞いて思わず私もほほがゆるむ一幕があった。

 時事ネタはあとでなんのことやらさっぱりわからなくなってしまうので、その時のことをつまびらかにしておく。
 
 若き受賞者加藤監督がメインステージの壇に立ちオスカー像を手にして「私には重い」と切り出し、英語で受賞の喜びを、支えてくれた人たち、アカデミー関係者、自分の鉛筆に感謝の念を表し、最後に制作会社の名称「ロボット」に同じく感謝の言葉をかけた。
 その直後、ラストに日本語で「ドモ、アリガト、ミスターロボット」と言って観客に受けたのだ。
 
 どうしてウケたのかは40代以上の方なら周知の事実だ。
 
 今から25年ほど前、アメリカのロックバンド「STYX」(スティクス)が全米で大ヒットさせた「ミスター・ロボット」という曲があった。それはコーラスで「ドモ・アリガト・ミスター・ロボット、マタ、アウヒマデ」と日本語で歌われる曲なのだ。監督の最後の言葉はそのシャレというわけだ。
 アメリカでもかなり売れ、日本でもスティクスは知られてなくても、当時この曲だけはあちこちで流されたため、一度は聞いたことがある人が多かったはずだ。今時、そんな大昔の曲のシャレでウケるの?と突っ込んではいけない。
 
 今はほとんど活動してなく、忘れられてしまった感が強く、また現在は販売契約が切れたためCDが手に入りにくいこともあってますます影が薄いバンドだが、当時は飛ぶ鳥を落とす勢いであった。もちろん、一発屋ではなく、このほかにも全米No.1ヒット「ベイブ」も持つ。   
 アメリカン・プログレバンドの牽引車であったスティクスは私も守備範囲だったから、日本での人気は今ひとつでも、ほとんど全作品網羅していた。他国人の私ですら忘れようたって忘れられない。
 加藤監督は私よりずっと若いのでこの曲をリアルタイムで知っていたかどうかはわからないが、受賞時はこの日本語のセリフ「ドモ、アリガト」を言おうと決めていたのだろう。
 曲中、「with parts made in Japan」と歌われるミスター・ロボットは最高品質のパーツで、と歌われた。もちろん監督作品「つみきのいえ」も最高の「メイド・イン・ジャパン!」と言いたかったに違いない。

 このミスター・ロボットは「キルロイ・ワズ・ヒア(Kirloy Was Here)=キルロイ参上」と題されたコンセプト・アルバムの一曲目に収録されていた。この曲中でもロボットが「I'm Kirloy!」と連呼する。
 するとこのロボットの名はキルロイということになるが、このキルロイ、実はアメリカ人なら誰でも知っている「人物」だった。
 
 最近読んだ何の関係もない二冊の書物にそれぞれこのキルロイが登場したことと、さらにアカデミー賞の受賞でキルロイに関係のあるミスター・ロボットを聞いたので、キルロイづくしのその偶然に少々びっくりした次第だ。

 キルロイとは?

 第二次世界大戦中、アメリカ軍がヨーロッパ戦線に進駐した際、広場の壁、掲示板、野営地、トイレのどこもかしこにもあらゆる所に「キルロイ参上」と落書きされていた。しかし、そんな兵士はどこにもいない。米軍の誰かが「キルロイ」になりすまし書いていき、おもしろがった部隊がそれを広め、やがて全軍に伝わったのだろうと推察されるが、いつ誰が何の目的で始めたかは謎だった。
 一番乗り、を誇示するための暗号のような符牒だったかわからない。が、このキルロイはしまいには万里の長城、月面などありえない場所にも書かれているとうわさが立った。
 アポロ宇宙飛行士が書いたとは思えないから月はともかくとして、万里の長城はまずいだろう。最近でも日本人旅行者が遺跡にいたずら書きをして大目玉をくらったという報道もあったことだし。
 都市伝説のようなものであろう。まあ、日本でもいろいろなところの壁に誰それ参上とペインティングされているから、似たようなものかもしれない。ただ、米軍がキルロイに統一されているのが面白いところである。
 大戦終結時、ポツダム会議に参加した旧ソ連のスターリンが野営用のトイレで用を足した後、戻ってきて開口一番「キルロイって誰だ?」と訊いたという伝説がある。トイレのキルロイを見たのだろう。
 
 キルロイは時を越えて「参上」する。この間の湾岸戦争でも見られ、最近のイラク戦争でも、バグダッドのどこかの学校の黒板に「キルロイ参上」と書かれていたらしい。してみると米陸軍の伝統とさえ言えるだろう。
 
 アメリカのある会社が第二次大戦後、キャンペーンを張って賞品を用意し「キルロイ」の仕掛け人、またはキルロイ本人捜しをした。しかし、その努力にもかかわらず、見つからなかった。
 
 このキルロイを病理学者でありエッセイスト向井万起男氏(ご存じ、初の日本人女性宇宙飛行士向井千秋氏の夫であっていつも「彼女のダンナ」と紹介されるのでソンな方であるが)がネットと電子メールを駆使して徹底的に調べた一文がある。ネットで詳しく調べ、およそキルロイを知ってそうなアメリカの各所・退役軍人にメールを送りまくった。キルロイは誰だったのか?
 
 「謎の1セント硬貨」向井万起男著(講談社)で書かれているのが、このキルロイの一冊目。
 こだわりの氏の奮闘ぶりがほほえましい。キルロイだけでなく、アメリカでちょっと不思議に思ったことはそのままにせず、ガンガン探求するのだ。この本はその成果集だ。
 それにしても、かの人は(どうでもいいことに)こだわるところは徹底的に掘り下げて考える。たとえ、答えがわかったところで、なんの得にもならず、ただ好奇心を満足させんがためであるのに。
 さすが、病気の原理をあくまで追い求める病理学者である。医師たるものこうでなくてはならない。これをオタクと言ってはかわいそうだ。
 氏はキルロイに肉薄し、キルロイ伝説が作られた経緯を知るや、いたずら心の持ち主の向井氏は最強の「伝説」まで作って、ネットにアップさせてしまう。ここまでくると脱帽だ。アメリカ人気質や文化・歴史に興味のある方はぜひご一読を。

 ところでこのキルロイを全く別の角度から見る人もいた。それはドイツ文学者のエッセイスト池内紀氏「モーツアルトの息子」(光文社文庫)の中の掌編「キュゼラーク来る」で書かれていた。

 19世紀オーストリア帝国の首都ウィーンにキュゼラークという下級書記官がいた。今は誰も記憶している人もいないが、当時、彼の名は子供でも全土に知れ渡っていた。しがない公務員であるのに、それはなぜだったのだろうか?
 彼はありとあらゆる所に「キュゼラークきたる」と落書きをしまくったからだ。
 塔、橋、埠頭、古跡、そして何かイベントがあると真っ先に名をテンペラで書かれてしまう。それこそ本当の「キュゼラーク参上」だ。
 人が踊ったようなシンプルな絵を原色でたくさんストリートアートで書きまくって有名になったキース・へリングにも通じるところもあるが、キュゼラークの場合はただ自分の名前を突拍子もないところに書き込むだけだった。

 ある時、ドナウ運河に新橋が架かって、開通式に皇帝フランツが臨席した。
 この橋は最新のテクノロジーを駆使した帝国の象徴である。大満足の皇帝は渡り初めの後、この鉄橋を下から見たい、と言った。船に乗り、鉄骨を見あげた皇帝は驚いた。「キュゼラークきたる」の文字がくっきりと見えたからだ。
 その後、皇帝はキュゼラークを呼び出し謁見した。キュゼラークを見張っていたが、まんまと鉄橋に落書きされた警察長官は苦々しく彼を見ていた。
 鉄橋の柱に落書きをした彼にどんな叱声があがるのか群臣は見守っていたが、皇帝はキュゼラークの労をねぎらい(?)怒るふうでもない。
 皇帝は「だが、その達筆を今後書記として生かすように」と訓示したのみで罰則はなかった。
 その直後、警察長官は自分の部屋に戻ってさらに驚いた。彼の執務日誌に「キュゼラークきたる」と書かれていたからであったからだ。
 
 なかなか大胆な役人ではないか。落書きを人生の目的と定めた決意がそこににじみ出ている、は誉めすぎだが、やることに一本筋は通っているようだ。

 夜な夜な壁に出ては落書きをするヤンキーと違って公職者なのになんの目的でそれほど自身の名をあちこちに書いたのか結局はわからなかったが、チロルの山奥までその落書きを残したキュゼラークは皇帝の謁見の2年後36歳でひっそりと死んだ。
 その落書きは現代も残っているそうだ。
 
 その落書き魔・キュゼラーク(Kyselak)をまねてキルロイ(Kilroy)とアイルランド風の名前に書き換え浸透したのではないか?と池内氏は言いたいらしい。誰かがすでにここに来た、という象徴として。
 
 面白い説とは思うが、オーストリアかドイツ軍の落書きの伝統ならまあうなずける。池内氏くらいドイツ文学に精通している人ならキュゼラークのことをたとえ日本人でも知ってはいるだろうが、アメリカ人が普通に100年以上前に死んだ異国の変わり者の小役人のことを知っているものだろうか?
 たとえ落書き魔・キュゼラークを知った人が米陸軍にいたとしても、その名を流行らせる必然性があまりないと想像できる。ましてやキルロイに書き換えることもないだろう。音が似ていることと謎の落書き署名であることが重なった単なる偶然ではないか、と私は思う。
 キルロイは最後まで謎の人だった。私にはその方がミステリアスで望ましい。
 
 とはいえ、この本はキュゼラークのような「歴史に埋もれた」人々を30人紹介している。キュゼラークもさることながら、次から次に不思議な雰囲気をまとった人の多いことといったら。本当に実在したのか?と疑いたくもなる。
 自分の部屋を観察した描写、ただ歩いて巡るだけの話を400ページもかけて出版したクサヴィエ。変な顔ばかりのブロンズ像を作り続けたメサーシュミット。
 目的なんかは人に理解されなくてもいい。ただ我が道をゆくのみ。キュゼラークに通じるものがそこにはある。
 おもむきはぐっと異なるが、タイトル作の「モーツアルトの息子」も天才アマデウス・モーツアルトの子として生きていかなくてはならなかったモーツアルト2世の悲哀がよく出ている。

 キルロイをはさんで、「こだわり」の世界に浸れる書物を読んで私もいたく満足してしまった。こういう本に当たると実に楽しい。え?ちょっとは医学書読めって?うーん、眠くなってしまうんですよね。(笑)
 それにしても両著者が人にない一番の「こだわり」を持っているのではないか?と思うとほくそ笑んでしまう。それを読む私にもそうしたこだわりがある。実生活の役にたたないと知っていても。
 コーヒー好きはたとえ一食抜いても、好きな香り高い一杯のコーヒーを求めるものだ。カロリー・ゼロで栄養にならないとしても一服の清涼剤と思ってまた書店でこのような本を探している。


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2009年07月08日水曜日「じゃんけんと成人病」
 昔、というか大学生時代だからもう数十年前になるが「アメリカ横断ウルトラクイズ」という番組にはまっていた時期があった。
 収録は夏休みに実施されていたが、放映は秋頃1ヶ月くらいかけて毎週3時間くらいかけて流していた。滞在日数と言い、TVクルーや人的費用、アトラクションも盛りだくさんで、不況まっただ中の現在ではこれだけの豪華な番組はありえないだろう。ギネス的にも「もっとも費用のかかったクイズ番組」だったそうだ。
 
 後楽園球場がまだあった時代だと記憶している。一次予選は球場に集まり、全員で○×クイズをするのだ。一問でも間違えば即終わり。数万人の参加者から100人に絞り込むまで、○×を繰り返す。
 クイズに自信のあるマニアやクイズ番組あらしたちや歴代のチャンピオンもシードはいっさいないので、微妙なうんちくクイズの前にたいがいは途中脱落し予選落ちをしてしまう。そうして後楽園→成田空港まで100人が選ばれる。
 卒業するまで毎年見ていて「いつか出場してアメリカへタダで行ってやろう」と思っていたが、夏休みは意外に医学生は忙しく、一回も応募できなかった。
 しかし、後にTVで見ていて、私は毎回○×の早い段階で間違えていたので、「ああ、今年も参加していなくてよかった」と胸をなで下ろしていた。
 
 成田空港での選抜はクイズでなく恒例化した「じゃんけん」で100人から半数に絞っていた。すなわち、じゃんけん三本先取の5番勝負。
 これは知力は全く関係なく、まさに運否天賦である。クイズがどんなに強くてもじゃんけんで負ければ一巻の終わりだ。
 クイズ王になるためにはこの番組のスローガンとさえなった「知力・体力・時の運」の三つがそろわないといけなかった。この「時の運」がくせもので、せっかく○×の難関をくぐり抜けたどんな博識の優勝候補もこのじゃんけんで敗退する。その理不尽さもまた番組のスパイスになっていた。
 
 じゃんけん勝負を見ていると本当に面白かった。もちろん必勝法などない。
 勝負前に祈るものあり、小学生時によく見かけた指と指絡めて隙間をのぞいて、出すものを決める人あり、乱数表を持ってくる者あり、勝ったり負けたりの人々を見ると人間模様がかいま見られて興味深かった。
 たかがじゃんけん、だが、されどじゃんけんである。高度な論理を展開させると、実はこれも知力が関係しているのかもしれない。
 
 というのは、じゃんけんを高度な極限ギャンブルにしたてあげた漫画を思い出したからだ。

 福本伸行氏「カイジ」である。
グーチョキパーの三種類のカードを4枚ずつ、それと星3つ持たされ、スタート。
 後出しだの不正のないよう伏せたカードを使ってじゃんけんをする。星はポイントと同じで勝つと相手から一つもらえ、負けるととられる。12枚のカードを使い切った時点で星3つが残れば、勝ち抜けとなる。途中で星を0にすると負け。
 
 こう書くと単純だが、まともにカードを出して、はい決まりではなく、買収あり、裏切りあり、談合あり、よくもまあジャンケンごときでこれだけのギャンブルにしたものだ。あちこちで戦っている参加者のすべての残りカードは電光掲示され、残りの種類の数や持ち手をにらみ戦略を組み立てる。心理戦や言葉の端々からのヒントで相手の持っているカードを予想したり、実際漫画を読んでてこれほど頭がこんがらがったことはない。
 
 じゃんけんには必勝法はない、とさきに書いたが実はある、という。

 約10年ほど前、桜美林大学の芳沢教授という方が1000回以上のじゃんけん勝負を分析した結果、ある法則に気づき、それを発表した。
 それは初っぱな相手がグーを出す確率が平均の1/3より2%ほど多かったというのだ。それなら「最初にパーを出すと勝率が2%あがる」と言うのが鉄則。これが第一法則。(鉄則というほどの確率ではないが・・・)

 次にあいこになると次も同じ手を出す確率は22%と極端に低いことがわかった。
 つまり「人はあいこになると無意識に手をかえる」となる。
 もし、最初にパーを出し、あいこになったら相手も当然パーである。すると次の相手の手はチョキかグーに変えるから、自分はグーを出せば負ける確率は22%しかなくなる。それでもあいこになったら、同じ理由で相手はまたまた手を変える可能性が高いのでチョキを出せば負けない。
 だから「あいこになったらそれに負ける手を出せ」これが第二法則。
 
 二つの法則を合わせると必勝法は最初はパー、あいこでグー、またまたあいこでチョキ、を繰り返せばよい。
 
 世界じゃんけん協会、(こんな協会があるのも知らなかったが調べてびっくり)は毎年じゃんけん世界大会を行っており優勝者には10000ドル(!)出している。
 賞金の多さにも驚いたものだが、その協会でも「必勝法」を披露している。そこでは「初心者相手にはパー、ベテランにはチョキ。相手に考える時間を与えるな」だそうだ。
 初心者がいきなりじゃんけんをするとたいていグーを出す。しかし裏を返せばそれを知っているベテランはパーを出すから、ベテラン相手にはにはチョキが勝ちやすいとなる。
 そしてやはり先の研究と同じく「あいこにはそれに負けるものを次に出すとよい」とじゃんけん協会もお墨付きの法則になっていた。これは我々も知っておいて損はないかもしれない。

 何度も何度も出てきて申し訳ないが江戸川乱歩の中編「石榴(ざくろ)」で登場人物の二人が事件のことを話し合っているうちに、なにを思ったのかじゃんけんをする話が出てくる。
 最初は勝ったり負けたりを繰り返していたが、あるところから一方がさっぱり勝てなくなる。
 
 勝ち続けた方は「ハハハ、どうです。奥が深いものでしょう」とじゃんけんの必勝法を伝授する。「じゃんけんとは心理戦。相手がたとえば次はグーを出すと何らかの方法で知ったとしましょう。そうしたら私はパーを出せば負けないのです。しかし、『私がグーを出すということをこの人が知ったらパーを出すだろう、ならばこっちはチョキを出す』と考える人がいたら、私は負けてしまいます。その場合はグーを出せばよいのです」

「要するに相手より一枚上手に読みが入っていればじゃんけんは負けない」と言いたいらしいのだ。(そのあとの展開についてはネタバレになるので割愛する)
 当たり前である。それができたら誰だって苦労しない。
 実際は、この人は相手の知的レベルを測って、相手の読みの程度を察知し、それよりもう一つ深く読む、それが必勝法だと言っているのだ。

 これは結構深い話だ。裏の裏は表であるから、もう一つ裏を読めば最初に戻ってしまう。深く考えれば勝てるのか、結局考えなくても結果は同じなのか、哲学的な思考が必要になってくる。
 
 話はがらっと変わるが、治療をすすめるにあたって、患者さんによっては全く反応の違う病気がある。
 痛風がそれで血液の中の老廃物である尿酸値が上昇し関節の中で結晶化し、激痛を伴う関節炎を起こしたものだ。割とメタボな体型の中年以降の男性が足を引きずりながら、来院されると、この病気である可能性が高い。
 痛風はその名の通り「風が吹いただけでも痛い」とされるつらい病気だ。
 足を骨折したとしても「動かさなければ」痛くないから眠ることくらいはできるが、痛風はじっとしていても痛いのでこれはとても切ない。
 だから、足の痛みが痛風と知っても知らなくても、なんとか痛みを止めてほしいがために病院に来る。
 
 この病気は放置しておくと、最終的には腎臓が冒される。関節内に結晶ができるために発作時は痛くなるのだが、それと同じように知らず知らず腎臓の中でも結晶ができる。
 しかし、腎臓にたまっても全く痛くないので、最後の最後「腎不全」になるまで症状が出ない。やっかいなことに、糸球体と呼ばれる腎臓が働く中枢部にたまるのではなく、間質という腎臓内部の隙間に尿酸が沈着するため、初期には健康診断でチェックする蛋白尿や腎機能検査などに全く異常がでない。さらに高血圧や糖尿病を合併すると腎臓の血管が動脈硬化を起こし「腎硬化症」を合併する。
 痛風に初めてなった方でもよく調べると30%にすでに腎臓に尿酸が沈着しているというデータがある。
  
この痛風(高尿酸血症)を診察し、継続的な治療が必要である、と話すのだが、治療を途中で放棄してしまう人が多い。
 ユリウス・カエサル(シーザー)の名言に「人は見たいと欲するものしか見ない」というものがある。
 人はつらいこと、いやなことには目を閉ざしてしまうものらしい。つまり、痛みをとってほしいのに病院に来たのに、それからずっと先のアブナイことなんかは知ったことではない。早く痛みを何とかしてくれ、と言いたいのだ。
 
 もちろん、鋭い痛みがある間は鎮痛剤が主体になるし、それが劇的に効く。また、再発作を起こしやすくするので、未治療の痛風発作の方にいきなり尿酸降下薬は出さない。よって初診時は採血・尿検査と鎮痛剤が主体になるが、それっきり来なくなってしまう方もたまにはいらっしゃる。
 ひどいときは数回以上も発作を起こして、「痛風だと思うんだけど」とご自分で診断し(まさにその通りだが)鎮痛剤でよくなったら、やはりなしのつぶて、痛くなったら仕方ないから来院という剛毅な方もいる。
 
 のど元過ぎれば誰でも痛みを忘れてしまうし、健康に戻ったつもりになるものなのだ。

 当方も反省しなくてはならないが、まず、痛い時に長々と医師が病気の解説をしても、たぶん話の半分も覚えていないのかもしれない。
 緊急手術の時もそうだろう。話を聞く家族だって、痛みはないのに「気が動転して」医師の話のほとんど忘れていることも多く経験している。
 たとえば、歯が痛いときに「このままじゃ総入れ歯になりますよ」と延々とご託を聞かされても、わかったから、はやく治療してくれ、と私でも言うだろう。
 
 そう言ったわけで、脅してもすかしてもムダな方や病気の理解度の今ひとつの方にはくどくど説明せず、とにかく痛みを取るところから始める。
 「痛みは必ずよくなりますから、今日の血液検査の結果を聞きに来てください」とだけ言う。
 次回痛みが取れた時、心が落ち着いているのを見計らって、痛風腎の恐怖を話し始める。これでうまくいく場合も、やはり怖がって「見たくない」と殻にこもって通院をやめてしまう場合もある。
 ところが、最初から病気に対して積極的なスタンスの方には痛風を放置してはいけないとちゃんと話をした方がうまくいくケースも多い。この辺は会話を少々交わして、相手の欲する落としどころを見つけ「もう一つ」奥をよんで話をしなくてはならない。
 病院のお世話になりたいと思う症状のある痛風ですら、そうであり症状のない成人病に至っては「はい、薬ね」と言っても誰もまじめに治療しようとは思わないだろう。
 
 症状の全くない代表格の高血圧、糖尿病などもよく「職場の検診で引っかかって」と苦笑混じりに来院される。その二大生活習慣病の終末の悲惨な姿は皆さんでも知っているが、当事者の自分だけはそれは「見たくないし、聞きたくもない」のだ。
 その相手の心理を「もう一枚」裏をよんで、治療する前向きの姿勢に話を持って行く・・・まるでじゃんけんの必勝法と同じではないか。
 
 私たちの勝利、はもちろん患者さんが取り返しのつかない病態になるのを阻止した場合だ。負けはすぐにわかるが、勝ちがわかるのはずっとずっと先の話である。
 私は毎日必勝法を考えているのだが、果たして勝率は5割を超えているのか、どうか?

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2009年08月31日月曜日「起きると困ることは・・・」
 最近は新型インフルエンザ騒ぎで、身の回りのことや、好きな読書などもできず、クリニックでどう対処していけばよいか、毎日ない頭を絞っている。
 元々頭の中が「無」だから、これはきつい(笑)
 実は笑ってられないことに、新型インフルエンザの本当のところがわからないのだ。
 
 感染は拡大している。そして新型インフルエンザが高病原性に変化するのか?
 このまま季節性インフルエンザと一緒になって埋没していくのか?
 アメリカ衛生局が発表している通り、妊婦と糖尿病などの基礎疾患のある方たちは重症化しやすいままなのか?
 いろいろ情報は飛び交っているが実際は、数多くの事例が集積しないとわからない、というはなはだ頼りないことになりそうである。
 
 アメリカ政府はこの秋冬で北米においてインフルエンザによる死者が最大9万人に達するだろうと発表した。これは日本が予想する20%の罹患率だとしたら約0.5%の死亡率で、スペイン風邪ほどではないが、アジア風邪の致死率とほぼ同等の予想である。抗ウイルス剤だとか、集中治療の発達を加味しても、50年くらい前とあまり変わらないとしたらウイルスに対する医学の進歩なんぞは、牛歩並なのだろう。
 新型が今までのインフルエンザ(季節型)の約3倍くらいの死亡率ということは、その数倍の重症者が出る計算になる。これだけ医療が発達した日本の病院でも、人工呼吸器・ICUなどは足りなくなることは必至だろう。だが、それよりも先にまず心配のことがあるのだが・・・

 まず、厚労省の試算ではワクチンは5300万人に必要という。だが国内生産分は1700万人分だからそれでは1/3ほどしか供給できない。残りは輸入に頼る、とぶちあげた・・・
 さんざん臓器移植でも述べたが、これはあまり美しい姿ではない。どこだってワクチンは足りてないのだ。諸外国では「日本は臓器、タミフルに続いて、また金で命を買いに来たか」と思うことだろう。
 
 なにいってんだ、ODAはじめとして日本は諸外国に言われるまま経済援助しているじゃないか、困ったときはお互い様だろう?
 と怒る方もいるだろう。
 だが、平時の経済援助などは尊敬されるものでもなんでもない。国際関係における真にありがたがられる態度は災害時のボランティアと武力である。(平和主義の方には申し訳ないが事実だ)
 たとえば、イスラム教では「持っているものが持たないもの」に施しをするのは当たり前の行為なので、おかえしなどは期待してもいけない。キリスト教、仏教でもそれはほとんど同じだ。
 だから、成功者の寄付などは日本以外では善行ではなく「あたりまえ」で、ほめなくてもいいことになるし、逆にしないと責められるだけだ。
 思想的に宗教背景のない中国だけはそんな呪縛はなかろうが、日帝憎しのかの国はある意味ODAを戦後「賠償金」だと思っている節がある。それがいいか悪いかは別次元の話だが、文化や国が違うと、する方される方はいつも思惑が違うという認識は持っていて損はない。
 
 ワクチンが足りないのなら誰かが我慢すべきではないか?それが政治家や閣僚とはいいませんが(笑)それではまだまだとても足りないが。
 
 第一、試算したという5000万人強の数はいったいどうやって決めたのか?
 確かにワクチンは集団である一定数打てば、蔓延効果を防ぐことができる。インフルエンザの場合は接種する間に罹ってしまう人も生じることだし、確かに全員に接種する必要はない。
 麻疹の予防接種で興味深いことに、ワクチンが効かなかった人も含めて、その集団から病気を撲滅するためには95%の接種が必要であるとされる。インフルエンザは麻疹ほどの強力な感染力はないかもしれないが、免疫がないものに対しては「燎原の火」のように広がり方を呈するおそれは十分ある。だから、今回の接種の目的は蔓延防止ではなく、重症化を少しでも回避したいという目的になるだろう。重症の臓器不全者・妊婦・子供の3グループが中心で、そして医療従事者が付け足しのように記載されている。
 それでも、とても足らない、ということがわかる。どう見積もっても厚労省は下方修正して発表しているとしか思えない。わが国民もお世辞にもパニックに強いとはいえないから、皆が動揺しないようお上のお情けかもしれない。
 が、足りなすぎると「今まで何やってたんだ」と国民からおしかりを受けると思い、適当に少なく言ったのではないだろうな。少なく見積もれば足りない量も少なくてすむ。もしかしたらとそんなまやかしも見え隠れする。
 
 半藤一利氏「昭和史」に興味深いくだりがある。
 
 バブル崩壊後不良債権処理が遅れに遅れた原因を経済企画庁(当時)が「起きると困ることは起きないものとする」という官民双方の意識が強かった、ためと分析している、とのことだ。
 これは「景気は底を打った(後は上がるのみ)」と経企庁が四半期ごと発表するたびに「そうか、もう少し持っていれば、また土地が上がり始めるんだな。少しは損も取り戻せる」と不良債権を塩漬けにし、なんの手も打たなかった。
 結果はご存じの通り、景気は経企庁の言うとおりにはなかなか上昇しないばかりか停滞を続け、土地はますます下がり、破産する債権者が続出した。バブルがはじけた段階での処理を進めればこれほどの痛手は被らなかったと言われている。経企庁の思惑は
 「不景気がこれ以上進むと困る→だからもう景気は底を打ったと言っておけば→これ以上の不景気は起きない」なんとまあ・・・これがエリート官僚の頭の構造だから恐れ入る。
これこそが日本特有の文化「言霊(ことだま)」である。こんな占い師よりバカなことを言うだけの官庁はいらないだろう。ワクチンが足りない・・・足りない時はウイルス大感染は起きない・・・と厚労省が考えていたら・・・考えるだけ恐ろしい。

 それともう一つ、とても不思議なことに、この国のトップたちは医師や医療従事者は不死身だと思っていることだ。
 5人に一人感染する、と試算されているのなら、おそらく病院には感染者が列をなすだろう。その方たちがもたらすウイルスにさらされる時間の長い我々医療従事者はどんなに気をつけても罹りやすいと言っても過言ではない。
 もし、わがクリニックでも三人ほどスタッフが同時に新型に罹ってしまえば、さすがに機能停止で診療ができなくなる。そもそも、私がかかったら即、閉めなくてはならないだろう。
 一人か二人の医師で診療しているクリニックは、みなそうである。そして、どこかクリニックがクローズすれば、患者は別医院を求めて殺到する。そこでも、また・・・と考えるのは悲観的すぎるか?
 どうせワクチンはないわけだし、私などは最近は自暴自棄な思考になって、大忙しになる前にとっとと罹ってしまって、自然の抗体を手に入れようかな、などとバカなことも考えてしまう。
 
 だが、クリニックならともかく、高度な治療を施すICUや医療センターでは医師が数人罹ってしまえば仕事にならないだろうし、医療機器はあっても重症の患者を救うことができなくなくなる。また人手がないため、具合が悪いのに無理をおして登院し、感染した医師から重症の別の患者(当たり前だが、ICUにはインフルエンザだけ入院するわけではない)にうつしてしまえば、そのことが致命的になるかもしれない。
 それでも、厚労省はワクチンを手に入れたら医療従事者に真っ先にうつとは決して言わない。4番手くらいである。計算すると国内分は間に合わず、どうやら輸入のブツの実験台になるらしい。まあ、それでも回ってくれば、私は実験台でも甘んじて受けるつもりはあるが。
 
 私はそれでもよいが、ICUで重症管理をする最前線の医師、医療スタッフにはとにかく今あるものだけでよいから、大流行に突入する前にワクチンを打つようにしたらどうか?多く見積もってそれでも2〜3万人分くらいだろう。ワクチンを打っても罹るときは罹る。でも、しなければ、運を天に任せるしかないではないか。
 さらに重症者が増えれば、医師たちは過酷な勤務状態になることが火を見るよりも明らかだから、体力的・免疫的にインフルエンザに罹りやすくなることは間違いない。
 また優先表にはない自衛隊・警官・消防隊にもワクチンをうつべきではないか?と私は思う。
 インフルエンザとは関係なく災害は起こりうるのだ。すわ、大地震!がれきから救出を!の時「レスキュー隊、みなインフルエンザに罹って出動できませんでした」では冗談にもならないだろう。
 
 免疫力の弱い病気の人を優先するのか、危機管理のインフラとしての丈夫な人材を優先するか。これは大変難しい問題である。あれば双方にうつべきだろうが、二者択一となると・・・
 
 もともと災害・犯罪に立ち向かう最前線の人々は体も鍛えて屈強であろうから、インフルエンザは自力で撃退してくれ、ということだろうか?そうお考えなら厚労省は言霊主義ではなく「病は気から」論ですか?そんな精神論は戦前でないから聞きたくもないが、危機管理人的インフラの中で一番ひ弱で体力がないのは紛れもなく医師なのだ・・・
 
 重症糖尿病の方はインフルエンザに罹ると確かに命のやりとりが生じ危険きわまりないだろう。それは間違いない。
 ただ暴論と知ってあえて言うが、「重症糖尿病」の方の大多数は、さんざん周りの言うことを聞かず、医師の言うことも聞かず、自己管理などはへのカッパ、暴飲暴食を繰り返し、薬も飲まず、インスリン注射もいやだ、ついに腎臓や心臓がだめになり、透析までなだれ込み、感染に弱くなった、方もいるのに国が率先して真っ先に救いの手を伸ばす、というのはいかがなものか?
 
 もちろん、十把一絡げではなく、ウイルス感染や先天的に糖尿病で発症し、前向きに闘病し、厳しい自己管理をしても悪化し、結果透析になった方だっている。私の暴論は、この罪のない方たちと「てやんでい糖尿病」と同列にできるのか、という意見だ。(この方たちにワクチンを打つのはやぶさかではないし、むしろ当然だ)
 だから、病気のあるなしでワクチン接種を分けるのは、私としてはどうもすっきりしないというのが本音である。
 
 妊婦についてはまた別に問題が生じる。
 無毒化したワクチンは結局のところ、無限に暴れ回る能力を封じ込めたウイルスの残骸であるから、それが妊婦にどう作用するかは正確にはわかっていない。だが、胎児の重要な臓器ができあがるまで、だいたい妊娠16週を越えれば、あとは臓器の奇形などの重大な障害を残すことはなかろうということで、現在のインフルエンザワクチンでも妊婦には接種可能となっている。
 
 生ワクチンである麻疹だの、おたふくかぜだのは、当然妊婦には打てない。何しろ、生きているウイルスは入り込んだ生物の細胞のDNAを書き換えて増殖するのだ。細胞増殖がもっとも活発に行われている胎児のいる妊婦にはおっかなくってとても打てない。
 風疹ワクチンに至っては、打った後2ヶ月くらい妊娠しないように指導するくらいだ。それだけウイルスを使った生物製剤は注意を払う。
 インフルエンザは不活化ワクチンだから、そんなことはなかろうが、今回の通達では妊娠全経過を通じてOKとなっているし、第一このワクチンは人類がまだ一回も使用経験のないものなのだ。(9月にできるとのこと)安全かどうかを見極めるそのような臨床実験はしてはないだろうに?その辺も不思議でならない。
 今までワクチンが危ない、タミフルが危ない、と言っていた人は今回どうするのか、何を発言するのか、私は固唾をのんで見守っているのだが・・・(ちょっと意地悪かな)
 
 外国の輸入もちょっと・・・、妊婦や病気の人も選別が・・・、ということになれば、どうすればよいだろう。
 簡単である。「起きると困ることはやってこない」のがこの国の決まりだから。
 
 そう、本当に困った時は神風が吹くのだ。

 それはタチの悪い冗談である。そんなことは微塵にも信じてはいない。
 
 国内の1〜15歳の子供たちは総計で1600万人くらいだ。
 
 なんだ、ならば国産で十分足りるじゃないか。子供たちなら一回の摂取量も少ないし、うまくすれば、一回分で二人うてるぞ。残ったら自衛隊とレスキュー隊とICUの医療スタッフに是非とも打って欲しい。
 子供は国の宝だ、として、日本で作れるワクチンすべてを子供たちに譲ろう、というのなら、まだわかるし、そういう厚生技官や政治家が言えば、私のところに回ってきても黙って身を引くつもりだ。


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2009年09月27日日曜日「これで大丈夫・・・ではない」
前回、恨みがましく、「新型インフルワクチンはICU医療者の優先順位あげたら?」と記したら、お目にとまったのか9/4付けで厚労省から「医療従事者は最優先」と発表があった。それは、それは、初めて私の意見が通りましたな。と手を打って喜んでいたのだが、毎日クリニックでA型インフルが10〜30人近く出てても、私は優先対象になっていないのか、ワクチンの影も形もまだ見ていない。先に罹りそうであるが・・・それでもよいか、前回啖呵を切ったこと出しなぁ・・・

 さて、

 西南戦争(1877〜78)で西郷隆盛についた敗軍の一将である村田新八が漏らした言葉がある。
 
 西郷軍が田原坂で敗退後、劣勢に陥り、その後敗走を重ね、九州南部を縦走し、追い詰められ故郷の鹿児島城山にこもった時のこと。
 西郷軍はわずか数百の敗残兵がこもるのみに対して、政府軍は城山を十重二十重に、蟻のはい出る隙間さえなく、数万の兵で重囲していた。
 これでは西郷軍は士気がまったくふるわないだろうというものだが、城山からその政府軍の包囲網を見下ろした村田は明るい顔をして、左右の者たちに言った。
「これで大丈夫だ」
 
 これだけ敗色濃厚なのに、何が大丈夫なのだろうと、村田の真意を測りかねたものは黙って彼の言葉を待った。
「他日、日本が欧米の強国と戦うこともあろう。そのときのいい練習になる。」
 
 村田は西郷軍のなかでは唯一の欧米視察者であった。西郷軍で他の薩摩人は欧米の文明を目の当たりにしたことのない壮士あがりの「ぼっけもん」で、政府軍なにするものぞ、朝鮮・清などは薩摩武士魂でひとひねり、と考えているものがほとんどであった。西欧の武力・文明に一度でも触れたものは皆官軍=大久保利通についた。

 村田は開明的な思考を持ち、仁義勇すべてを併せ持つ、優れたリーダーの資質を持っていた。西郷は明治維新前より村田に全幅の信頼をよせており、誰かが西郷にもろもろを相談しに来ると「それは新八の意見を聞いたか?」と常に言ったという。村田は西郷の官房長官的な役割をしていたのだろう。
 維新後、西郷は村田を大久保利通にあずけた。渾身の政治家である大久保は村田を高く評価しており、自分の後継者としてその政治手法を学ばせようとした。西郷も村田の長所は自分より大久保が伸ばしてくれるだろうと思ってのことである。
 大久保は村田が西南戦争に西郷軍の将として参加したことを最後まで嘆いていた。幕臣の勝海舟までもが「村田新八は大久保に継ぐ傑物。(村田を失ったことは)惜しい」と評していた。
 
 村田は国際情勢にも明るく、当時、清国が欧米に蹂躙され、良港を列強にぶんどられ、清国自体が滅びかけているのを知っていた。手をこまねいているといずれ日本もそうなることを案じ、それをはねかえす手段も富国強兵しかないことも理解していた。
 それこそは大久保一派の主張と同じである。村田は理念的には西郷派ではなく、全く大久保と同じであった。
 が、仁と義を重んじる東洋的な精神を最後まで失わなかった村田は西郷を見捨てることだけはできなかった。西郷隆盛にもっとも近かった実弟・西郷従道、いとこの大山巌も西郷に敵対しているので、同じ考えを持つ村田だって西郷と離れても誰もとがめなかっただろう。にもかかわらず、西郷を誰よりも慕う村田の思いが彼の「理」を上回った。
 
 村田は外国視察の旅を終えて、帰国したと同時に、西郷と大久保の政治上の決裂を知った。彼は大久保にまず会い、その意をただし、十分納得した上で、そして西郷の話を聞きに行くといって鹿児島に帰郷した。彼は鹿児島へ行けば、きっと帰れないだろうと知っていたに違いない。
 それきり村田は西南戦争で戦死するまで西郷のそばを離れなかった。
 私はシビれるシリーズに村田新八を加えたかったが、彼の業績は西郷の懐刀役でほとんど残されていない。西郷に付き従った殉教者のような記述になってしまう。しかし、村田新八を知るものすべて人となりを賞賛しており、もし戦死しなければきっと政府の要職に就き、明治政府を支えたはずである。戦死時、40歳の若さであった。

 圧倒的な戦力差があっても、石橋をたたいて渡る、敵方であるその政府軍の用兵に満足したのだろう。城山での村田の発言は日本の将来を見据えたものであり、もはや自分の生死や西郷の勝ち負けにこだわらない清々しさを感じる。

 村田をして大丈夫と言わせた、政府軍は日本陸海軍となり、その後ともに強大国である日清・日露戦争に勝利していく。(が、日本軍のシステムが健全に稼働していたのは、そこまでであったが・・・)
 
 強大な相手に対しての練習が今回できたのであろうか?
 
 これが、ながながと村田新八の逸話をひいた理由である。
 
 H1N1型新型インフルエンザは我が国では他国に比し死亡率を低く抑えることに成功している。それは喜ぶべきことである。
 ある者は「水際作戦といい、マニュアル通りの防疫システムが効いたのだろう」と賞賛し、ある者は「いや、早期診断ができるフリーアクセスがよかったのだろう」と医療現場を持ち上げる。だが、はたしてそうなのか?
 
 日本は島国であり、飛行機・船以外、入国することが難しい。それに対して、地続きの国は国境すべて閉ざすことなど、大変困難であると言わざるを得ない。事実、発生したメキシコと長大な国境線を接するアメリカに早いうちから蔓延していたことからそれがわかる。
 また、重症化するインフルエンザは他国の例だと、発病後1週間ほど放置され、それから医療機関に収容されるケースが多かったようだ。
 日本のように、発熱とほぼ時をおかず気軽に受診でき、すぐ検査でき、すぐ抗ウイルス剤を与えられる環境にない国は確かに致死率は高かろう。日本では世界のタミフルの実に7割ほども保有しているのだ。
 あるものは使った方がよいに決まっているが、なににつけても(臓器移植・国際貢献など)日本は「自分だけよければいいのか?」と世界から批判されがちな行動をいつもとっているようにも見える。

 それにしても、とけちをつけるわけではないが、
 新型インフルエンザのマスコミの報道と、厚労省の反応はいかがなものか?と苦言を呈したくなる。

 インフルで何人目の死者でしかも最年少の、などという記事は恐怖心をあおることと、新聞読んでください、のためのアイ・キャッチ以外、なにか報道目的があるのだろうか?
 
 新型に限らず季節型のインフルエンザでも毎年いくらでも死亡者はでている。関連死(もしインフルエンザにかからなかったら、死亡しなかっただろうという関連を含めた死亡数)をカウントすると毎年1万人を越えるのだ。
 もっとも多いのはインフルエンザにかかって、肺炎で死亡するという図式だ。(圧倒的にお年寄りが多いが)また不幸にも、やはり毎年、若年者でインフルエンザ脳症、心筋炎、肺炎で亡くなる方も散見される。
 
 それだとただの病死で、地方新聞のお悔やみ欄にしか記事になるはずがないのに、「いざ新型」だと一面トップの扱いである。
 実際現場では新型インフルエンザ(A型インフルエンザとしか診断できないのでおそらくであるが、9月現在おおはやりしているA型は新型と決めつけてもほぼ間違いない)を診て、抗インフルエンザ薬を投与すると、だいたい1〜2日後にはほとんどの方がすっかり元気になっている。このギャップはどうだろう?マスコミ、厚労省の過剰反応ぶりには疑問符がつく。
 
 仮に0.1%の死亡率とする従来型のインフルエンザと同等の毒性と仮定すると、1000人の感染者で1人、50000人では50人、今シーズンに試算されている「国民6人に一人」罹るとされたら2000万人感染者が出るので実に2万人死亡する!びっくりするような数だが、これこそは確率の問題で、過去だってインフルエンザの新型が出たその年の死亡する人は一時的に増えたものである。
 厚労省だって、マスコミだってこの数字は織り込み済みのはずである。
 そうでなければ、1000人目、1万人目、2万人目の死亡者が出ました!まで報道し続けるのか?そんなことを新聞は報道するわけなかろう。目立たなくなれば、ほかの記事に取って代わられるだけだ。今の時点で「何人目」「最年少」は、どれだけ無意味で、あおるだけの情報の垂れ流しか、よく考えて欲しい。

 厚労省も12歳年少者の死亡の報告を受けて、「疑い症例でもタミフルを処方するように」などと、今までのタミフル慎重投与を180度転回させる方針に出た。
 
 いい加減にしてもらいたい、そういうことを言うならまず「タミフル10代投与の原則禁止」の指示を取っ払ってから(2年前突然言い放したあと知らんぷり)言って欲しいし、なによりも開いた口がふさがらないのはインフルエンザになっていないかもしれない熱発者にタミフルをバンバン出せというお達しである。
 
 疑う症例って、お役人は私たちがどれだけ、いろんなタイプのインフルエンザを診てきたかご存じなのか?
 高熱、風邪症状、関節痛、頭痛などわかりやすい症状が急に出ていれば誰だってインフルを疑うが、熱も37度くらい、元気で、少々鼻が出るくらい、どこも痛くない、診察室を駆け回っている子供である。どこもインフルを疑いようがない。でも友達にいたんですよね、念のため検査しますか・・・に「陽性」が出ることも全然珍しくないのだ。いつもの9月だったら、100%風邪と診断してインフルエンザなどとは、疑いもしない。
 だから、厚労省の指示は現場にしてみたらこういうことになる。
 「熱があっても、なくても、ほんの少しの風邪症状で、インフルエンザらしくなくても、まず、検査してみろ。陽性ならがっつりタミフル、なに陰性だった?でも、まだわからないぞ、後で出るかもしれない、だからタミフル出しておけ。
 ん?検査キットがなくなったって?なんのための医師免許だ?診察して、少しでも怪しいと思ったら、検査抜きでタミフル出しておけよ。それができるのが医師だろ?」
 おいおい、タミフルなくなったらどうするんだ?そんなことはきっと考えないのだろう、なにしろ官僚は「起こっては困ることは起こらない」信者だから(笑)(前回コラム参照)
 
 タミフルの大盤振る舞いは私は反対である。
 第一、タミフルの初期投与でも死に至る合併症(肺炎・心筋炎・脳症)を減らす効果は証明されていない。(大規模な臨床試験で報告されている)不幸なケースは極初期からウイルスが爆発的にその臓器を冒し、通常用量のタミフルではその発症を止めることはできず、太刀打ちできない。早期からICU管理が必要である。タミフルの現在明らかにされている効果は有熱期間を1〜1日半短縮することができる、のみである。
 なーんだ、と思われるだろう。私が感染者に処方する理由はそれだけ早く社会復帰、登校登園ができたほうがよかろうと思ってのことである。また、この効果はまだ認められていないが、感染させる時間、強度も短縮できるだろうと思っている。だから、寝てなおしたい人やタミフル飲みたくない人にはあえてすすめない。その代わり1週間閉じこめるが・・・
 だから、厚労省の「予防投与しておこう、その方が重症化しないだろう安心だ」という考え自体賛成しかねる。
 そもそも、そうやって強力な武器を無力化してしまった過去を忘れたわけではないだろうか?
 MRSA、PRSP、BLNAR・・・これら聞き慣れない記号は自然界には存在しないすべて人間が作り出した、菌のモンスター化である。これらに冒された肺炎は抗生剤が効きにくく重症化する。
 なぜ耐性菌が生まれたかというと、これは風邪などの抗生剤が全く効くはずもない状態に定常的に抗生剤を処方し続けた結果、菌が突然変異し、抗生剤に打ち勝つ菌が生まれ、増殖を始めたのだ。今はそのモンスター菌が自然界でも主力を占め、それに勝つ抗生剤を人類が作り、またそれを打ち消す菌が生まれ・・・のいたちごっこである。
 (原爆実験の放射能を浴びて生まれたゴジラをなんとなく思い出すが・・・)

 同じ考えで、タミフルを無差別爆撃に使って、耐性ウイルスを生み出さないのか?ウイルスは菌より変異する可能性が抜群に高い。タミフルを使い続ければそうするほどその危険は高まるだろう。
 
 もう一つ、インフルエンザを恐れるあまり、「陰性証明」を出してくれという問い合わせが結構あったのに驚いた。勤め先、学校、介護現場、インフルエンザが入り込むのはそれは迷惑であろう。できれば、完全鎖国したいものだ。その気持ちはわかる。だが、クリニックでインフルエンザ罹っていない、という証明はできっこないのだ。
 インフルエンザには潜伏期という期間がある。感染者の呼吸器(せきやくしゃみ)から飛び出したウイルスをあなたが吸い込んだとしよう、この時点が感染である。しかし、免疫力が勝てば吸い込んだウイルスは死滅するから、発症しない。しかし、免疫のガードをくぐり抜け、増殖を始めた場合、感染成立し、後の発病は決定される。
 それから約1〜2日「なにも症状がない」期間がある。これが「潜伏期」である。症状がないから、病院になんか行きっこない。ぴんぴんして仕事、運動しても体はなんともない。発熱はさらにあと1日経ったくらいから始まる。この時をもって「発病」とするので感染から実に3日近く経っている。さらにそれから12〜24時間経過しないと、検査キットでは「陽性」にでないことが多いのだ。
 
 まとめると、今の検査の感度では感染してから丸4日ほどしないとわからないと言うことである。逆に言うと、感染者の初期4日間はほとんどすべて検査しても「陰性」になる。体の具合がよかろうが悪かろうが、陰性と出た場合、「現在感染している証拠は乏しいが3日以内に発病する可能性は残される」と書くしかない。
  だから、陰性証明などはできないのだ。こんな診断書は必要だろうか?鎖国したい上司がこれを見たら、「あと4日休め!」と怒鳴るしかない。即刻、これら意味の薄い証明を要求する企業をたしなめるのが厚労省(なんのために労働省と一緒になったんだ?)の仕事であろう。
 第一、これだけインフルエンザで蔓延している待合室に「陰性証明」が欲しくて待たされたら健康で罹ってなくても、その時、感染してしまうかもしれないだろう。それこそ、やぶへびというものだ。

 厚労省はまず国民にしっかりアナウンスする必要がある、と思える。皆、インフルエンザに「恐怖」をマスコミの過剰報道で植え付けられているのだ。厚労省がその尻馬に乗ってどうする!
 
 「陰性証明」は必要ないこと。タミフルの予防投与は普段健康に生活している方には必要ないこと。新型インフルエンザが重症化する可能性があるのは、5歳未満の乳幼児、妊婦、重症糖尿病、重症腎臓病の合併症がある方たちであり、今現在主流に罹っている6歳〜10代は治療をしなくても(タミフルを飲まなくても)ほとんど軽快すること。
 
 また医療側に対してのメッセージは、インフル疑い症例でも処方しろ、というなら、その疑う基準を明確に作ること。無差別投与を防ぐためだ。
 タミフルを基本全年齢投与することというなら、1歳未満、10代、妊婦の「タミフル投与禁、または慎重投与」のわくをはずし、無過失保証制度(ノー・フォールト)を緊急立法すること。そうでなければ、1歳未満、妊婦にタミフルを処方して何かあった場合、また10代で異常行動が出た場合、いつも医師が責任をとらされるのだ。それでは厚労省のいいなりになって、とても怖くて処方なんかできない。
 
 全医師の指揮系統中枢である厚労省は弱毒型のこの新型インフルエンザの登場でもこの迷走ぶりである。ヒト感染するH5N1型高病原性トリインフルエンザがもし生まれたら、どのような対応を見せてくれるのか?弱毒のH1N1新型でこの顛末である・・・
 
 私はそれを考えると、弱い敵を徹底的に取り囲んで、その組織の充実ぶりをして驚嘆させた村田新八の「これで大丈夫だ」の心境には到底なれない。

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2009年11月11日水曜日「ボストン赤潮事件」
 「ボストン赤潮事件」という危機管理にうってつけの話がある。それは約40年ほど前、米国で起こった貝毒事件で「悪魔が来たりて感染症」岩田健太郎著に詳しく紹介されている。

 1972年、ボストン北のプラム島である自然保護観察員がアヒルやカモメが大量死しているのを発見した。外傷もなく死んでいた鳥は総数95羽。この奇妙な事例はすぐに保健局に報告された。
 同じ頃、別のある海洋学者がボストン近郊、海面一帯に広がる赤い海草を観察していた。この海草を2匹のハツカネズミに食べさせたところ、わずか8分で2匹とも絶命した。この異常事態もすぐさま、地元の公衆衛生課に深夜だったが報告された。これが木曜日深夜から未明9/14に日付が変わる頃のことだった。
 
 マサチューセッツ州保健局長のビクネルは出張先のワシントンでこの一報を受け取った。鳥の大量死、毒の海草。
 
 この二つの事実をとっさに結びつけて考えたビクネルは、すべての仕事をキャンセルし即刻マサチューセッツに戻ることにした。
 
 ビクネルは自分が戻るまでの時間でこの原因を突き止めるべく、保健局員すべてに緊急調査を指示した。呼び出された局員は困惑した。現在のようにインターネットもコンピュータ検索もない時代である。図書館を急遽開放し、全職員が毒藻の検索を始めた。必至の調査により海草は「ゴニオラクス」らしいと程なく判明した。ここまでが9/14午前中のことである。
 
 この時点を境に「ゴニオラクス」が大変な猛毒であることが次第にわかってきた。
 
 動物の神経を冒し、しかも安定した毒であるため火を通しても毒性が消えない。(フグ毒に似ている)さらにその海草を食した貝を食べると、同様の症状を起こすというカナダの文献が見つかった。
それによると、人間がそのゴニオラクスに汚染された貝を食べると30分で呼吸麻痺が起こり、24時間以内に死に至るとのこと。しかも、有効な治療法はない。このゴニオラクス神経毒中毒は当時まだ一例も米国では出ていなかった。
 カナダでは海岸沿いの地方で年に数人この中毒で命を落としていると調査でわかり、カナダ当局のゴニオラクス対策のマニュアルをfaxで送ってもらうことを電話で依頼した。この時点で9/14正午前、事件が第一報告後12時間足らずのことだった。
 
 その日は金曜日、事件発生には「最悪」の曜日であった。ボストン(マサチューセッツ州都)は住民のほとんどがカトリック信者で金曜日はよりによって、古い慣習によって「肉食」を避け、「シーフード」を食する曜日だった。
 ボストンといえばクラムチャウダー発祥地のようなものである。今日夕刻には住民のほとんどがクラムを食べる!ゴニオラクスに汚染された貝を知らずに食べることは火を見るよりも明らかであった。結果どうなるか・・・衛生局員はみな頭をかかえた。

 携帯などないから、移動中のビクネルに予備知識を与えるすべはない。
ビクネルがワシントンから緊急対策本部に到着し、すぐさまこれらのことを局員が伝えた。
 まだ人間の被害は1人も出ていない。このまま放置すればどれくらいの被害者が出るのか?夜になれば、間違いなくボストン市民は魚介類を大量に食するであろう。
 黙って聞いていたビクネルはリーダーとして決断しなくてはならない。やがて、ビクネルは言った。
 
 「我々は最悪の事態を想定して行動しよう」
 
 決意したビクネルはそこからが早かった。すぐさま、州知事に連絡をとり、ゴニオラクスの経緯を説明した。驚いた知事はすぐにビクネル保健局長に全権を委任した。これで知事がその全権解除するまで、マサチューセッツのすべての医療者、沿岸監視員、警察官に至るまでの州職員がビクネルの指揮下に入ることになった。
 ビクネルはすべてのマスコミを招集し、記者会見をすることを伝えた。ビクネルは集まった記者に言った。
「州民の命を守るため、すべての魚介類は食べることを禁止する。このことは繰り返しすぐに報道してほしい」
 9/14午後2時のことだった。最初に衛生局にゴニオラクス事件報告があってから8時間足らずである。

 当時のマスメディアは新聞、TV、ラジオである。ビクネルの発言を重要視したマスメディアはすぐに協力を承知し、大々的に州民に繰り返し報道した。
 
 翌日、ビクネルは知事代行の全権者として、地域全住民に指令を出した。とにかく、解除令が出るまで魚介は食べてはならない、魚市場、レストランすべての魚介類を扱う業者にも命令を徹底し、指揮下の警察もシーフードレストランを巡回し、調理しないよう見張らせた。
 漁業関係者はかなり反発したが、ビクネルはこんこんと説得し、同意を得た。
 さらに輸入ものの魚介類は理論上安全とは思われたが、混入や間違いを防ぐため、とにかく例外なく魚介類を食することを禁止した。
 ビクネルは批判を恐れず断固とした意志で、「ぶれず」に信念をつらぬいた。マサチューセッツ州数百万の住民もビクネルを信用し、魚介を食卓から放逐した。

 この日、26人のゴニオラクス中毒者が出た。しかし、すでにカナダからの情報を得ており、治療マニュアルにより医療体制を万全にしていたため、患者たちはすぐに対症療法を即座に受けることができ、結果死亡者はゼロであった。
 カナダのデータでは発症し治療が遅れると死亡率は20%だったという。そうなれば、26人中5人は死亡してもおかしくなかった計算になる。
 患者のうち24人はビクネルの会見以前にすでに貝類を食べていたもので、非常事態が宣言されてから食しての患者は2名だけだったが、その二人はキャンプ中でラジオもTVもない環境であり、宣言を知らずに自分たちで貝を調理して発病したとのことだった。

 9/17になり、さらに調査でゴニオラクス中毒を起こすものはハマグリとムール貝のみで、エビ、カキ、魚類も安全だと言うことがわかり、対象外の魚介類の禁止は解かれた。
 危険貝類の毒濃度も下がり、クラム(ハマグリ)とムール貝の禁止もすべて解除されたのは翌月10/18のことだった。結局、死亡者は一人も出なかった。
 
 もし、ビクネルが強権を発動しなかったら・・・どれだけの死者が出ていたかはわからない。
 その後、マサチューセッツ沿岸ではゴニオラクス検出システムが確立し、その後何度か、ゴニオラクスの襲来があったが、この1972年赤潮事件以来、一人の患者も出ていないという。

 この米国での危機管理は賞賛すべきである。ビクネルは毅然と行動し、その権限を与えた州知事もまた偉かったと言わざるを得ない。
 一度決めたら、例外を認めず、ひとつもぶれなかった。「最悪」を想定した場合、これほど強い意志がわき出るのは、責任を追及されることをいとわないこと、や「命」を守る、というゆるぎない信念にほかならない。
 漁業者、外食産業などの損害を考え、どこかでひるんでいたら、これほどきびしい命令は守られなく、死者が出ていたに違いない。

 ひるがえって日本でこれが起こったらどうだろうと思いをはせる。
 薬害エイズやC型肝炎などの血液製剤の事件をあとから考えると、きっとゴニオラクス異常事態の報告を受けても「なにもしない」で死者などの最悪事件が起きて初めて、当局はようやく動き出すことだろう。その対応の遅れなどで官僚が責任をとることもない。むしろ、生産者や漁業者、食産業などの圧力を恐れ屈することだろう。
 日本では対応の遅れ=静観で結果責任をとらされることはまずない。
 水戸黄門ではないが「かくさん、すけさん、もうすこし様子を見ましょう」なのだ。
 
 それに第一、県知事そのものにも、衛生保健局長に与えるべく強権はもともと保持していない。医療機関、警察、消防隊、レスキュー、沿岸警備などの指揮権はすべて分散されているので、どんな事態でもそれを一人が指揮することはありえない。
 日本的なそのシステムがいい面もあるだろう。だが、未知の危険に即座に対応するにはあまりにも脆弱ではないか。災害は未然に被害を防ぐことが、最も利益を享受できるのだが、そういうこと=最悪を想定したり、起こってもないこと、にお金をかけたりすることが日本ではどうしても消極的である。
 火事などでもそうだが、ぼやの段階ではバケツ一杯の水で消せるが、バックドラフト・フラッシュオーバーを起こせば、もう消防車が何台来ても全焼を免れない。そう言う人を見ていつも「泥縄=泥棒を捕まえてから縄を用意する」といって笑うのも同じ日本なのだが・・・

 一人が強権を握る、というシステムを我が国では極力避けてきた。それが現れると、暗殺といった手段で葬り去るケースが多々ある。
 
 歴史上、独裁者のにおいが強烈なタイプは室町6代将軍・足利義教(あしかがよしのり)だろう。
 将軍就任したのはひょんなことだったが(くじびきである)あまりに将軍に権力がないことに憤った義教は中央集権を目指す。
 その当時、管領家といった足利幕府を支えてきた重臣は代を重ねると次第に権力が強まっており、義教にとっては目の上のたんこぶであった。義教はそれら管領家の跡目相続に強引に介入し、管領を骨抜きにし、その絶大な権力を削った。
 また、関東は歴代足利分家の関東公方が治めており、当時は東西で二頭政治状態だった。しかし、義教はこれも永享の乱を利用して関東公方を滅ぼし、一頭となり、室町将軍家の独裁となる。また、公家や比叡山延暦寺にも圧力をかけ屈服させ、文字通りの天下人であった。
 
 後の同タイプの織田信長と同じく、足利義教は家臣により「嘉吉の変」で暗殺される。恐怖政治で人を震え上がらせても長続きしない。暗殺がよいとは言わないが、独裁者の存在そのものが生理的に日本の風土にあわないのだろう。
 
 最後の「独裁者」と言えるのは徳川家康であろう。しかし、家康はあれほどの権力を一手にしながら独裁にありがちな恐怖政治に手を染めなかった。その権力のもろさと持続力に欠けることを見抜いていたとしか思えない。なにしろ本能寺の変で信長が暗殺されたのを目の当たりにしている。自らの政治を行う場である江戸幕府は独裁と最もかけ離れるシステムに構築した。
 すなわち幕政は老中、若年寄の合議制にし、自分はともかく、次代より歴代の将軍は徳川家から出るとしても飾りものとした。
 権威という意味ではそれが最も長続きすると考え、実際、強力で長持ちした幕府となった。鎌倉幕府や室町幕府は将軍家以上の強力な大大名が地方割拠し脆弱な政体だったが、江戸幕府は家康が徹底的に合議制を練り抜いたため、少なくとも黒船が来襲するまでは幕府を倒そうという動きは存在しなかった。
 多くのものを得たが、それと同時に一人のリーダーが責任をとるという、官僚支配の現代に通じる責任の所在がうやむやになった。幕府体制ではどの役職も複数である。交替制、かあるいは正副の担当を置き、必ず複数のチェック機能が働くようにしていた。
 唯一、大老のみが超越権限を有していたが、この力を発揮したために暗殺の憂き目にあったのが井伊直弼である。これをもってしても、いかに日本の風土が独裁者を嫌ったかがわかる。それによってかどうかはわからないが、日本では責任の所在が実にあやふやである。

 危機管理において、どれだけ船頭多くして船山に上る状態がまずい状況か、今回の新型インフルエンザの対応を見てもわかる。
 お役所は常に誰が指揮を執っているかわからず、正直どれだけ死者が出ようと「オレのせいじゃないよ」と言える立場だ。だから、常に策は後手に回り、机上の策にしかならない。
 
 私たちは毎日インフルエンザ患者を数十人も診察している。思い出してほしいが、今年春、蔓延したのは中高校を中心とするティーンに圧倒的に多く、10代の小学校高学年から高校生までの感染者が多かった。
 これを5〜6月までに当局は報告は受けたはずだ。
 「どうやら子供中心に蔓延するらしい」と把握できていた。いや、聞いてないとは言わせない。
 ならば、夏〜秋にかけて一時収束期間(私はこのコラムでも梅雨時には必ず一時収束すると過去に記している。普通の臨床医でもわかる理屈だ)に、「夏休み終わったらすぐにすべての学童にワクチンを接種する」と宣言する必要があったのではないか?

 今でも大人は滅多に罹らずなんらかの交差抗体(過去に罹ったA型インフルエンザの遺伝子がもたらした)を大人は持っているのでは?といわれているくらいだから、とにかく子供に学校でも保健所でも使って「強権」を発動して、この一週間ですべての学童にワクチンを打つ!責任はとる!って厚労省が宣言してくれれば、10月になって、これほどあちこちで繰り返し学級閉鎖に追い込まれなかったのではないか?ワクチンが間に合わない、とマスコミを使って繰り返し宣伝させ、接種数が少なくてすむ臓器不全者最優先(もちろん優先順位が高いのには文句はない)を打ち出しているが、それらの方たちはそもそも罹りにくいのではないか?
 
 だいたい、診療所でワクチンを打て、との通達が来ているが、新型インフルが蔓延しているのに、毎日数十人患者が殺到する診療所で、その病気に対するワクチンを打てっていうのはどう考えてもおかしいとしか言いようがない。
 当院では涙ぐましく、熱のある患者さんはこの時間に来てくださいと、時差診療をしているが、熱が出てそれを知らない方はどの時間帯にも来院する。完全隔離スペースがないので、それは仕方がない、弱小診療所の限界である。それでも、その患者さんに混じって、健常な方にワクチンを打て、という。予防接種を打ちに来て、その病気に罹る可能性があるなんて、笑い話ではすまない。どころか、正気の沙汰とは思えない。官僚の方々はきっとこの現場をご存じないのであろう。
 
 元気な子たちしか来ない学校でワクチンを打てばいい、という発想はないのか?昔はそうしていただろうに。
 そういうことになったら、学校に出張に行き、協力してもよいが、その発想はどうやらないらしい。
 お役所はきっと言うだろう。
 
 学校は文科省の管轄だから、厚労省としては指示できないんですよね・・・

 ・・・官僚の方はぜひ「ボストン赤潮事件」を読んでください。

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2010年02月08日月曜日「弱き者汝の名は」
 奥田秀朗氏「ガール」は痛快な短編集だ。
 登場人物はいずれも30代のOL、もはやwomanであるのに、いつまでもガールでいたいその心境を作者は「恐るべき」内面洞察力で女性の心を浮き彫りにする。女性の心を理解するのはとてつもなく難しい上、軽妙なタッチで書き流し(と言ったら失礼な言い方だが)そのスピード感がまたぴったりである。
 これを女性作家が書けばふーん、だろうが奥田氏はれっきとした男性である。30代キャリア女性の心象風景はきっとこんな感じなんだろう。女性の立ち振る舞いや思考回路など私ら男からとてもうかがい知れない。この人は両性具有なのか?(失礼!)
 
 奥田氏の代表作は奇妙な精神医・伊良部を主人公としたシリーズものが看板である。三作の中では「空中ブランコ」が際だって面白い。
 何が何でも注射をオーダーするどこにも絶対いそうにないこの精神医と巻き込まれてしまう(としかいいようがない)患者のやりとりはどの作品も抱腹絶倒だ。
 
 ほかにも奥田氏は「野球の国」「延長戦に入りました」という野球好きにはたまらないエッセイ、
 「最悪」「邪魔」という疾風怒濤の一級クライムノベル、重松清氏のような少年ものだが奥田風にアレンジされたドライブ感がたまらない「サウスバウンド」もあり、実に多芸多才としかいいようがない。  
 浅田次郎氏のごとく題材や視野が広いのだろう。どういう絵でも描けるという才能は野球でたとえるなら、どこでも守れる得難いユーティリティプレーヤーではないだろうか。
 
 のっけから大きくずっこけてしまった。
 
 で、「ガール」に登場する女性たちは実に魅力的でたくましい。
 「ガール」の冒頭短編「ヒロくん」のヒロイン聖子は女性総合職課長である。そこに3年先輩の男性部下が配属されるが、ことごとくこの年下女性上司に反目する。
 仕事の報告はしない、部下に女性をつけるとないがしろにする、他社とのプレゼン中、聖子に恥をかかせようとする。
 聖子のような目にもし男が遭遇したらきっとうつ状態になるだろう。その他いろいろ、へこむことが次々に彼女たちに降りかかるが、その前向きの精神力には拍手を送りたい。
 これ、男だとあれこれ考えてしまって前へ進むことはできなくなってしまうのではないか?と思わせるほどだ。
 
 女性は実に強い。
 と、いうことを「ガール」を通じて思い出したのは先日「メンタルヘルス」という講習会で同じことを講師先生が感慨深く言っていたからだ。
 メンタルヘルスは最近声高に叫ばれてきた医療界の重要事項である。産業医というのはこのために存在すると言っても過言ではない。
 何も横文字でよぶことはないのに、ということは多々あるがこれもそうであろう。
リテラシー(識字)とかアセスメント(評価)とか外来語にする必要がないのにそう呼んで喜んでいる知識人は一体なんなのだ?対応する立派な日本語があるのにかっこつけてカタカナである。いい加減にしろよ、と言いたい。
 明治時代の西周(にし・あまね)が翻訳造語した「哲学」同じく福沢諭吉が造語した「経済」などなど。元々日本に存在しなかった言葉なのにもはや日本語としてすっかりなじんでいるではないか。本家中国でも現在同じ意味で日本から逆輸入してこの言葉を使っている(本当)
 ・・・あ、でも私もすでにこの項でクライムノベルだの、アレンジだの外来語を使っている・・・(恥)
 閑話休題。
 
 メンタルヘルスはまんま「精神の健康」のことである。健康の定義とは「心身、共に健やかであること」は周知の事実だ。
 
 普通、人間ドックなどでの「健康」対象となるのは臓器障害異常や一般正常範囲から逸脱した状態(血圧が高い、血糖が高いなど)であり、それを自覚がない状態で探しあてるのが目的となる。これは「体の健康」の維持につながる。それに対して精神の健康は数値や画像では現れない。ドックをやっても、なにしても見逃されてしまうのだ。
 労働においての人間関係の複雑化がこのメンタルヘルスを著しく損ねているという指摘は近年盛んに言われてきた。
 いわく、職場における人間関係に疲れてのことや、またリストラの恐怖、賃金カットなど経済的に追いつめられて、などによる「うつ病」発生が激増しているとのことである。
 
 データをとると実はうつ病発症は女性が男性の2倍ほど多いとされる。
 それは女性は労働でいろいろなハラスメントを受けているからではなく(それもあるかもしれないが)月経などの定期的な周期、また出産、授乳、育児など体内のホルモンの分泌が劇的に増減するためではないかと言われている。
 うつ病の何が問題かというと、最終的に自死を遂行してしまう可能性のある病気だからだ。
 自殺者すべてうつ病とは限らないが、少なくとも明日に希望を持っている者が死を選択するということはない。自殺者はその瞬間ほとんどが「うつ、またはうつ状態」であると言っても間違いない。
 その自殺既遂者は圧倒的に男性が多いのだ。
 男女比7:3、実数で言うと女性の2.3倍強ということになる。
 強引な計算だが、うつ病の有病者(女性は2倍)から考えると「男は女の4.6倍も自殺しやすい」ということになる。
 
 労働者をこのうつ病から守り、またひとたび発症してしまっても、職場復帰までの道筋をたてて患者を守ることが「産業医」と呼ばれる職種の目的である。その講習会に私も出席したおり、講師先生が私たちに向かって質問をした。
 「うつが少ないのに男性の自殺者が多いのは、なぜだと思います?」
 参加者の医師たちは首をひねって口々に答える。
 「社会での重責の上に、責任感が強いためとかじゃないですか?」
 「まじめだからでしょうか?」
 
 講師は笑いながら答えた。
 「そんなことを言うと女性に叱られますよ。『私たちだって働いて同じだけ稼いでるし、出産だって育児だって全部女性!重大な責任あるわよ。男性にはできっこないでしょ。それに女性は男性より不真面目って言うの』ってね」
 ふむふむ、なるほど、それはそうだ。
 講師は少々声をはげまして続けた。
 「責任、というなら、だからこそ、死んではいけないんじゃないですか。そう考えるのが社会人でしょう。自分が死んだら残された者はどうなる、と。女性はそれを考えると、なんとか踏みとどまる。子供のいる女性は実に強い。それなのに死を選ぶのが男性なのです。」
 
 結論を言うと、男性は、はかないほど精神が弱い、というのだ。それが答えだ。ガラスは銅より堅いが、すぐに砕け散る。「堅いがもろい」そういう風にたとえてもよい。
 確かに女性より筋力や瞬発力、体力は上だろう。オリンピックの記録を見ても常に男性が女性を凌駕しているからそれをもってしてもわかる。が、インナーは限りなく弱い。やせ我慢、空元気それだけで生きているようなものだ。
 男は弱い、弱さを自覚せず、人に頼ろうとしない、相談しない、一人で悩んでいく、悪循環です。どうかその弱い男に手をさしのべるようにしてください。と講師先生は言う。

 女性の強さは今に始まったことではない。
 過去どのような時代から現代に至るまで、女性の平均寿命が男性を下回ったことはない。出生時にトラブルがあったとして救命できる率も女児が圧倒的に強いのだ。
 
 神様はそれを知っていたのか、バースコントロールせずに生まれる男女の確率は53:47前後、ほぼ5〜6%男児が女児より多い。
 自然に多く生ませておいて、弱い男児が自然に間引かれて丁度半々になるという仕掛けらしい。
 生き残りレースの方でも強いのは断然女性だ。平成17年度の国勢調査では100歳以上高齢者はほとんどと言っていいほど女性(約85%)なのだから。
 手術をしても女性は出血にも強く、同じだけ失血しても男性は不帰になることや重症になることが多い。
 また、航空機事故で奇跡の生還をするのはたいてい女性である。(御巣鷹山日航機墜落の生存者4人もすべて女性だった。)
 いつかも記したが、配偶者が死亡した際、圧倒的に長く生き残るのが女性の方である。女性は飢餓にも強く、持久力という点では男性はまず太刀打ちできないだろう。
 もし200kmマラソンなどという途方もない競技ができたら、もしかしたら男性は勝てないかもしれない。
 
 オリンピック委員会は男性が多いので、勝てないことを知っているから、作らないのかもしれないが(笑)
 女性はもう少しこの弱い男性をいたわってはいただけないだろうか?・・・とか、泣き言を言うとやっぱり弱いのは男性であろう。

 奥田氏には「ガール」と対をなす「マドンナ」という短編集もある。
 こちらは40代男性中間管理職からの視点で書かれている物語だ。
 淡い恋心を新人女性社員に抱くが悶々としてなにもできず(してはいけません)、あろうことか恋敵(?)の男性部下にも嫉妬し、その「へたれ」ぶりは同性としてなにやら恥ずかしい。
 別の短編ではばりばりの営業マンだった体育会系の課長に女性上司が着任し、次々に欧米風改革され、調子が狂いきりきり舞いさせられる話もある。「ガール」「マドンナ」と対で読むとその男女の落差に愕然とする。
 私は企業に勤めたことはないが、なるほど男性は大変なものだ。世の企業戦士の男性方々本当にお疲れ様といいたい。

 「弱き者、汝の名は女」とシェークスピアは「ハムレット」に言わせたが、少なくとも、医学・生理学的にはありえない。しっとるわ、そんなことは大嘘であるぞよ、と皮肉屋のシェークスピアも先刻ご承知だったのだろうが・・・。


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2010年06月18日金曜日「理屈ではない」
遅ればせながらなのか、我が家も地デジ*化した。
と、いばれたものではないが、実は追い込まれたがゆえ、とも言える。
 
 ある日の朝、TVを点けたら、いきなり画面が夕焼けのように赤い。前日までは普通に見られていた。画面調整でもいじったのかと疑ったが、そもそもそんなところをいじるのは家中では私しかおらず、自分にその覚えもないので誰に聞くまでもなく故障だろうということに落ち着いた。音声も出るし、画面だけがやられたわけだが、
 「まあ、こんなのずっと見ていると目に悪そうだ。これを機にしかたないけど地デジにしようか」と相成った。
 そうでもないとテレビなんぞなかなか買い換えない。
 アナログ放送が終わる、とずっと言われていても、別段痛くもかゆくもないので放っておいてた。買いかえるのでもいままでのようなアナログでもなんでもいいと思ったが、第一、アナログのTVなんかはもうアウトレットはおろか、リサイクルショップでしかお目にかかれない。
 国策にのるのはシャクだが近くの量販店に液晶テレビを買いに行った。
 
 で、アンテナとTVをつけてもらうとびっくり。実にきれいなものである。今までのTVはなんだったのか。語彙が少ないので、それ以上賛美できないが、まだ地デジに移行していない方はこれは買いかえるだけの価値は十分にありそうだ。(総務省の宣伝ではありません)
 
 今まで右上隅に「アナログ」と薄字で映し出されていたのがなくなっただけでも、なんか嬉しい。あまりうれしくて地デジならではのデータ放送という文字情報もいろいろいじってみた。すぐに飽きたが(笑) 
 
 ところで、デジタル放送とアナログ放送のそもそもどう違うのか私はしらない。
 アナログとデジタルといえば時計の文字盤を思い出す。それくらい見た目にはっきりとした違いがあれば、言葉の意味としてなんとなくわかる。
 だが、TVではアナもデジも、どちらも同じようにアンテナで電波を受信し、テレビを替えるだけでデジタルになるという。どこがどう違うのか、理解しにくいし、もしかしたらだまされている?と疑ってしまうのは人が悪いせいか。
 そもそも、アナログですら、「なぜ電波が飛んできて、テレビに映るときは色のついた像とステレオ音声になるのか」そこんとこのTVのキモの部分も私は全く理解できていない。
 
 今でも輝きを失っていない文明器械を次々にあみ出した発明王エジソン。彼の威名を不動のものにした電球、蓄音機、映画。これらは子供向け伝記しか読んだことない私にもそれらがどうして働くのか理屈はわかる。
 また、高校物理でも習う、蛍光灯はなぜ光るか、とか、コンデンサ、コイルの役割と働き。
 この辺も理系のはしくれの私でもまあなんとかついていける。だが、先にも述べたようにTVの仕組み、最近ではCD、DVD、ブルーレイ、ワンセグってなんだ?になると、あれほど便利なことになるのかがもうわからない。
 最近ではきっと子供向けの本にでもわかりやすく書いてことだろう。私も子供だったら、おそらくそのような教育漫画とかで、現代の神秘のデジタル放送とかデジタル録音とか理解しようと努めたかもしれない。今ならネットの質問コーナーでやさしく教えてくれるサイトもすぐに見つかるだろう。
 だが、そんなことはどうでもいいのだ。事実、そういう知りたい、理解したい、という衝動が起こらない。

 好奇心から始まる知識欲はとどのつまりは「理系頭」と称してもよいのではないか、と私は思っている。なるほど医学部は理系に属するが、卒業してかなり経つ私はすでに理系頭脳をどこかに置いてきてしまった。仕事の上で扱う医療機器もかなりな部分デジタル化しているがその理屈を知りたい、と言う欲求より、画像がより正確、よりきれいならなんでもよいと思うのは医療人共通の感覚だろう。TVに対する疑問が失せたのと変わらぬ気持ちがそこにはある。

 ある教育本を読んでいたら、高校生なのだろうある学生が教授に質問をしていた。
 「先生、この微分とか積分とか、今これだけ時間を割いて、一生懸命覚えているのですが、実際大人になって使うことはないですよね。理系の人だけやればいいんじゃないですか?」
 文系に進みたいと願うならもっともな質問である。あれほどややこしくて理解に苦しむものはあるまい。いまはどうか知らないが、理系なら数Vというさらに微積分を極めた(?)ものまでやるのだ。それに対して、先生はこう答えていた。
「微分や積分はある局所を見ると大局がわかるという学問です。数学という学問から離れても、生命保険の妥当な値段の算定、株価の予測、人口の推移、経済の動向これらは微分積分を駆使すればわかります。文系の皆さんもきっと必要になると思います。カーナビでなぜ自分の位置がわかるのか、も微分を用いて画像に映すのです。」
 
 なるほど、やはり理系の先生の回答だな、と思った。おそらく、学生もそのようなことを聞きたかったのではないだろう。
 理系の先生は「この学問がなぜ必要なのか」と訊かれたと思い、微積分の名誉を守るため熱弁したわけだ。
 しかし、学生だって、微分がいらない、とは言っていない。自分にとって必要のないことをなぜやらなければならないのか、と聞きたかったのであろう。
 なるほど、文系にすすみ、経済を見すえた企画や人口統計に基ずくプランを立てるときが来れば、そのような計算方法の理解は必要になるに違いない。
 が、そんな予測はいつもはずれるものなのだ。今まで厚労省や内閣府の発表する何年先の予測が当たった試しはないのがその証明だ。

 私たちの学問もそれによく似ている。理屈ではないのだ。正直、理屈はあとからついてきてくれたって良いくらいだ。いかに人がよいようにと予測してプランを立てても見事に裏切られることも日常茶飯事だ。

 たとえば抗ガン剤の開発を例にとろう。
 
 実験的に作り出したガン細胞に薬を投与して、それが小さくなるとか、細胞の増殖を止めたとか、もっとすごいことにガン細胞だけ腐らせた、などという事実があれば、それが抗ガン剤開発の第一歩になる。
 有望な薬が見つかりそうとなったら、今度はそれを使って毒性検査をする。
 どんなにガン細胞に効きそうな薬でも、体に使用して毒となってしまうなら使いようがない。
 その物質を動物に少しずつ投与していって、死亡に至るまで量を増やしていく。そうすると、おおざっぱだが「致死量」が決まり、この致死量とガンを抑制する有効量がかけ離れていればいるほど、よりよい安全な薬ということになる。
 
 試験管の中だと非常に効きがよい薬もいざ体に入るとからっきしダメになる薬もある。
 ひとさまにやってみたらだめでした、ではすまない。
 そこで、人工的にガンを作ったマウスなどの実験動物にこの試薬を投与して、実際にガンが小さくなるかどうかを見る。ここでもガンは小さくなったが、マウスは死にました、という結果なら、惜しいが全く使い物にならない。
 そのようにして動物で安全性の検査を徹底的に行ってから、いよいよ「治験」になる。いままでの効果があるとされる抗ガン療法と新薬の効き具合を比べ調べるのだ。
 抗ガン剤の場合は命に直結するため、いままで効果のあったとされる抗ガン治療を止めて実験するわけにはいかないので、新薬を上乗せで行ったり、残念ながら従来法では効果のなかった人に文字通り「実験的」に投与する。各地方にちらばる新薬治験登録医療施設でのさまざまな結果を集積して、「いけそうだ」となれば、ようやく日の目を見る。
 
 今までは、国内のこうした治験を終了しなくては、抗ガン剤を発売することは厚労省が認めなかった。海外で一定の効果を上げている薬ですら国内の実験がなければ許可されなかった。
 おわかりのように、このようなシステムでは時間が無限にあってもたりない。そうこうしている間に患者さんの病気は進行し、新薬の発売を待ちながら無念にも命潰える方も多かった。
 
 そこで、近年、海外の抗ガン剤で効果をあげたものは治験なしに輸入投与が許可されるようになった。こうした規制緩和は喜ばしい。今までは、もしこうした新薬を使いたければ保険も通らない上、自費輸入という時間的にも経済的にも制約と重圧がかかるものだった。

 さて、鳴り物入りで「今度の抗ガン剤は今までと違って効きそうだ」と登場する新薬。
 しばらく使ってみると、噂にものぼらなくなることが多い。

 ドラフト1位で入団した「超高校級」ピッチャーがシーズン開始前キャンプまでは記者たちに追っかけ回されていたが、ペナント始まると、いるんだかいないんだかわからなくなるのに似ている、なんてたとえるのは不謹慎だろうか。
 さらに、野球界とよく似ていることに、3年後ひっそり引退していました(抗ガン剤副作用で発売禁止)なんて笑えない相似もある。
 
 超大物ならばその一剤だけで癌がたちどころに消える、というのならわかるが、上記のごとく今までの療法に加えて投与することがほとんどで「先発投手のローテーションの一角」を任せられるくらいの立ち位置だ。
 
 それでも使い始めて2年くらいは「腫瘍が小さくなった!」「無病、無再発期間が延びた!」と医療誌を賑わす報告が相次ぐが、使い始めて6,7年経つと「5年生存率はわずかに上昇した」とトーンダウンしていることが多い。
 この「わずかに上昇」というのがくせ者で「統計学上有意差がなかった」と同義なのである。
 偶然の誤差範囲内で誰がどこでやっても同じ結果になるとは限らない、やってもやらなくても同じとダメ出しをくらったようなものだ。

 なぜ、腫瘍を小さくしておきながら、結局「使わなかった時と同じ」結果になるのか?このわけの解明は癌遺伝子の突然変異を考えると説明がつく。考え出すと泥沼にはまりこむので、抗ガン剤投与は理屈でなく、受ける患者の価値観に依るものだと私は考える。すなわち理屈ではないのだ。
 
 生存期間が変わらないならお金の無駄である、と考える人もいれば、いや無病状態が長いのなら、それはお金に換えがたい、と考える人もいよう。治癒に希望を持つことが闘病のエネルギーになる人もまたいよう。冷徹な理屈でなく、抗ガン剤治療を選ぶのは患者が持つポリシーで決めてもいいのではないか?

 また、数多くの高血圧薬がある。
 血管を拡げる、血管の緊張をとく、血管内の水分を抜く、血圧を上げるホルモンを作動させない、などの薬が現在の主流だ。上記のような作用が血管に加われば降圧するだろう。この辺は簡単な物理学で納得のいく理屈だ。
 
 高血圧を放っておくと、元々か弱い脳の血管が切れる→脳卒中、大きな動脈が裂けて破裂する→解離性大動脈瘤、腎臓の毛細血管がずたずたになる→腎不全、透析などという悲劇を引き起こす。さらにコレステロールが高かったり、糖尿病が合併してたりすると、動脈硬化がすすみ心筋梗塞や脳梗塞まで加わってくる。
 だから、血圧を下げることはいいことだ。と皆、そう考えた。
 血圧の薬を飲んで降圧した人たちと放置していた人たちを長年観察してくらべたところ、イベント(上記のような高血圧が引き起こす悲劇的な病気)発症をかなり抑えた、ということがわかった。万々歳である。

 血圧は下げに下げた方がよい、とまで言われるようになった。
 
 最近、高血圧から腎臓病を併発し腎不全になる人が急増しているという。もちろん糖尿病が合併しているともっと悪い。腎不全になるまで症状が全くないから、いざ尿が出にくくなってあわてて調べてももうその時は手遅れというケースが多かった。どうしたら未然に防げるか。
 長年の観察で腎臓の機能が落ちる前からごく微量のタンパク質が尿からしみ出てくることがわかった。
 そこで、尿の中のわずかなタンパク質を調べ、それが多ければ減少するような降圧剤を選んで、腎臓の負担を減らしておけば、透析まで悪くなってしまう人は少なくなるんではないかと、考えた。これもわかりやすい理屈である。
 
 そして、例のごとく、尿タンパクは減少する薬を飲んでもらう人とそうでない人を数年間観察した。当然のごとく、タンパク尿は減り、大病を発するイベントも減少した。万々歳である。
 
 しかし、集積数が増えるにつれて不可思議な結果となった。この降圧剤を飲んでも生存期間が延びていないのだ。
 これは理屈ではわからない。
 腎臓を守って、脳卒中も減らし、それでいて寿命が延びていない。どういうことだろうか?

 簡単なことではあるが、腎臓がダメになっても透析で生きていける。脳卒中になっても、脳幹など生命に大事なところの出血でなければ麻痺を残すだけで生きていける。だから、降圧剤に病気を止める力はあっても、寿命を延ばす作用などない、という方もいるが、それだけではないだろう。
 
 人間は管理下におかれるとストレスで短命になる、という報告を紹介したことがある。(→コラム「人を見て法を説け」)
 また、薬そのものの作用で体にマイナス面を与え続けているのかもしれない。正解は一つではなく、いくつかの要因が混ざり合ってのこともあるだろう。言えることは、人間のこざかしい理屈(推測)で神の考えた人の寿命を左右するのはおこがましい、ということであろう。(これも以前コラムで紹介しましたね。→コラム「ブラックジャック考」)
 
 果たして降圧剤を飲む方がよいのか飲まない方がよいのか。

 病気が怖い、闘病はいやだという人は飲む方がよいだろう。自分の寿命は神のみぞ知る、と達観している人は飲まなくてもよいだろう。
 ただ、家人や子供たちに迷惑をかけたくない、と思っている人は絶対に飲んだ方がよい。あなたが闘病していて辛いのはあなただけではないからだ。自生できない人の面倒を見るのは誰なのか。医療とはもうこうなってくると、「理屈ではなく」なさけ心ではないかと思う。少しばかりのへりくつを皆さんに提供し、最後はご自身で自分のことをで考えていただく。それが我が仕事なのであろうと勝手に解釈している。

 理屈を並べては来たが
 このタイミングで地デジにして一番ラッキーだったのは、サッカーワールドカップがきれいに見られること。理屈抜きにそう思った(笑)

*地デジ:2003年より都市圏で開始されたTVの送信システム。それまではアナログ波だったのだが、順次移行を推奨。2011年7月で完全移行した。

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2010年10月10日月曜日「ハレー彗星に会いたかった」
 世界で最も有名な彗星はおそらく「ハレー彗星」だろう。彗星は発見者の名前をつけられるのが普通だがこのケースは違った。
 
 ハレーは英国の天文学者である。彼自身が結婚した26歳の年に大彗星が出現し、詳細に観測して記録した。ついで過去先人たちの彗星の観測記録を読み込んでいくうち、この大彗星が定期的に現れているのではないか、と気づいた。それまで彗星は太陽を周回しているとは知られておらず、一時的に地球に近づいて来る宇宙物体ではないかと考えられていた。(実は近づくのはたった一回切り、というそういう彗星もあるにはある)
 当時、惑星以外の太陽公転物体は確認されておらず、いつの世もそうであるが、当然学会ではハレーの説は「なにをそんなバカな」と一笑に付され、ハレーが反論すると一斉に猛反発をくらった。
 
 ハレーはさらに研究を重ね、軌道を計算して、この大彗星は1758年に帰ってくるだろうと予言した。
しかし、その16年前、1742年残念ながらハレーは死去してしまう。
 その後、彼の予言通り大彗星が帰ってきたことは言うまでもない。人々は手のひらを返したようにハレーの業績をたたえてその大彗星をハレー彗星と名付ける。これが彗星に名前がついた初めての例だった。また、同時に惑星以外の太陽公転物体が初めて確認されたことになる。

 ハレー彗星は約76年ごとに太陽に近づき肉眼で見えるようになる。史書や年代の正確さが充実していた古代中国やギリシア・ローマの文献をあたっていくとハレー彗星とおぼしき大彗星が現れたとする記録が残っている。
 ハレーが定期的に現れていたことは、現代の軌道計算から検証していくと、「史記」に世界最古のハレー彗星出現の記録が残っている。それは紀元前240年というから驚きだ。
 (それにしてもこれほど文化大国だった中国が今は愚連隊のような物言いをして、さらに自国民のノーベル平和賞受賞*にもいちゃもんをつけているというのが唖然とさせられるが・・・)
 
 古代ローマではユリウス・カエサルが暗殺された紀元前44年に大彗星出現の記録がある。その当時カエサルの後継者のアウグストゥスがローマでちょうど追悼市民会を開催しており、彗星を見た人々はカエサルの魂が天に帰って行くところだ、と口々に言い合ったという。
 「ローマ人の物語」の中で塩野七生氏はこの彗星をハレー彗星に比定しているが、これは女史の勘違いであろう。
 現代の天文学では紀元前12年にハレー彗星は帰ってきている計算になり、そのことはかなり確からしい。こちらが本当なら、その32年前にハレー彗星が現れるのは不都合であるからだ。
 ただ、アウグストゥスが後の紀元前12年の本物のハレー彗星を見たとき、こちらを「カエサルの魂」と考え、その後、彗星をかたどったカエサルの記念硬貨を作ったのは確からしい。
 
 その後、ほぼ76年ごとに世界の史書を賑わすハレー彗星は人気も実力もずっとナンバーワンだった。なにしろ来れば、記録に残さざるを得ないほどのすばらしさ。しかし、肉眼で観測できるのが地球や太陽に近づくわずか数十日。ハレーの回帰間隔を考えると、人間の一生に一度しか会えないのは言うまでもないだろう。最も76年間隔なら、10歳くらいで見て、86歳でもう一度見られるというラッキーな人もいるだろうが・・・
 1910年に帰ってきたハレー彗星はこれがまた見事だったそうだ。この時は人類が写真を手に入れて初めて望むハレー、その勇姿は数多くのフィルムに残されている。それまでハレーの証拠は絵や文だけだったから、どんなにすごくても話半分だったかもしれないではないか。
 
 1910年当時はかなり軌道も正確に計算され、天文学者たちは驚くべき予想をした。なんと地球に近づきすぎて、彗星の尾が地球に触れるだろうと。すでに彗星の尾の成分に猛毒のシアン化化合物(青酸である)が含まれていることがわかっており、ある天文学者は「地球上の生物はすべて窒息死するだろう」と予想するものも現れた。これがまた○流メディアである新聞があおった。今でも○流メディアであるが(笑)
 
 空気が汚染されるのは5分間、というデマも横溢し、息を止める練習をするものが増え、金だらいと自転車のチューブが飛ぶように売れた。この狂想曲のような騒ぎは映画にもなった。(「空気のなくなる日」昭和24年である。宇宙物体がぶつかってくるというモチーフなら「アルマゲドン」っぽいが)
 いまこうして私どもが存在しているので、その結果はどうなったかは言うまでもないが、当時は本当にパニック状態になったのだろう。
 1910ハレーは最大、天空の2/3まで達する巨大な尾を見せ、去っていった。見上げれば大空にまたがるほうき星、その姿は圧巻だったに違いない。そのハレー彗星のいろいろな本を読み、子供天文オタクだった私は1986年のおそらく自分の生涯では一期一会になるだろうハレーを楽しみに待っていた。
 
 え?ハレー彗星って最近来てたの?と疑問に思われる方も多かろう。その問は最もである。

 天文ガイドという月刊誌がある。今でも刊行中だが、小学生だった私はこの本を定期購読することと、(今はなき)渋谷の五島プラネタリウムで第一日曜日朝に開催していた子供天文会に行くことを親に懇願していた。プラネタリウムの子供天文会はやさしく解説してくれるので問題はなく楽しめた。
 天文ガイドは小学生にとってむずかしい雑誌だが、読者投稿天体写真はどれも美しく、自分もいつかはこういうのを撮りたいなぁと眺め、特集や本文はやはり読み下すには困難で辞書や天文辞典を引きつつなんとかついていこうと頑張った。
 
 そんなある日のことである。いつだったか正確に覚えていないが、一読してその記事の意味することがわかったからおそらく小学高学年以上だったに違いない。
 それは「1986ハレーは観測に向かない」という予測だった。それを理解した少年のハレーに会いたい希望を打ち砕くのには十分であった。
 
 彗星の尾が一番延びて明るくなるのは太陽に一番近づいた時である。しかし、その時は太陽と一緒になり、あまりにも明るすぎる太陽光に遮られかえって観測できない。
 1986ハレーは一番近づいた時は太陽の向こう側、地球のそばを通ることはなくイヤミなように常に太陽と正反対の方角から来て、去っていくという太陽をはさんで「すれ違い」(ハレー彗星は地球の軌道と逆の方向に回っているのでそういうことは理論上あり得る)接近をした上で見えなくなっていくだろう、という予測だった。
 ちょうど太い柱を中心に相手の声はするが姿は見えない追いかけっこをする状態と理解していただければわかりやすい。
 その予測計算では、なけなしの最も明るい時期には北半球では見られず、ハレー彗星は1910年のすごすぎる姿には遠く及ばず、それどころか肉眼で観測できるかどうかも危ぶまれおそらく有史始まって以来の最悪条件であろう、と結論していた。私はがっかりした。まずもって、一度しか会えないのに、よりによってそれはないだろう・・・

 私はそれをハレーが来る15年ほど前に知ってしまったのだ。落胆ぶりはいかばかりであったか。過去あらゆるハレーの回帰中最悪、とまで予想された1986は本当にむごいものだった。
 実際、当時マスコミでも余り騒がれず、ハレーを肉眼で見た人もごく少なかったはずだ。
 
 え?なんか、ほうき星、その頃見た気がするなぁ、という人はおそらく百武彗星かヘール・ボップ彗星と間違えている可能性が高い。どちらも肉眼で明るく見えた彗星であるが、出現したのは10年ほどずれた1996〜1997年頃である。
 次のハレーは2061年である、私はそれを見ることができるわけがない。そのくやしいことと言ったら・・・

 日食なんかはしょっちゅう地球のどこかで起こっている。日本で見られなくても(なかなかできはしないが)その気になれば世界各国におじゃまして観測できるだろう。だがハレー彗星はそうはいかないのだ。
 そのショックも私が天文から離れていったわけの一つでもある(なわけないが)

 現代の人たちは私の嘆きなどはなんだかオタクっぽくてよくわからない、と言うだろう。たかが、ほうき星である。夜見える飛行機雲みたいなものだ、と割り切ってしまえばそれはそうかもしれない。だが、天空がその魅力を失ったのはここ数十年であることは間違いない。

 私の子供時代は「死兆星」がよく見えたものだ。
 
 漫画「北斗の拳」で拳王ラオウが戦う相手に「お前は北斗の脇に星が見えるのか?」と聞き、見えるといった相手のみ戦った。それで相手を瞬殺してしまうから拳王たるゆえんだ。
 北斗七星ひしゃくの柄第二番目の星のすぐそばに小さく光る星がある、それを死兆星と呼びそれが見えると死期が近いとされていた。ラオウは戦えば自分が勝つと信じていたので、相手が「見えない」とこたえれば「ならば、まだ私と戦うときではない」とえらくカッコつけて去る。
 
 この死兆星は漫画の中だけでなく、本当に実在する。
 北斗七星の二番目の星は「ミザール」と名がつけられている2等星だ。そのすぐ脇に泣きぼくろのように寄り添っている4等星の星がある。これが「アルコア(アルコル)」と呼ばれる死兆星である。4等星は肉眼で見るにはやや暗くきつい。近視の方はまず無理だろう。
 古代より視力検査に使われており、この星が見えるものは兵士に採用されたため「死期が近い」などと噂されたのであろう。
 また中国では北斗は死を司る星ゆえ、「この星が見えなくなると死期が迫る」と真逆の言い伝えがある。(単に老眼になり見えなくなることが死期が近いということだったかもしれないが)
 
 いずれにしろアルコアは縁起でもない星である。
 このアルコア、私が肉眼で天文観測している小学生時代から、条件がよい夜は私でもよく見えた。死兆星を限りなく見たが、まだ余生をむさぼっている(笑)
 また、夏の月のない夜などはさそり座といて座の方角に落ちていく天の川の大瀑布がある。はくちょう座、こと座から南天に降りてくる淡い雲影のような天の川をよくぼーっと眺めていたものだ。それだけで幸せだった。
 
 私が子供時代の高度成長期、夏などは毎日のように光化学スモッグ注意報が出され、おそらく天体観測にも過去より急速に不向きな条件になっていたことだろう。それでも、夜の空気は今よりもずっと澄んでいて、上のような今では全く見られない天体も東京郊外で普通に見られた。

 今の子供たちは天の川や死兆星など見たことがないに違いない。私も今も時に夜空を見上げるが、面白くないことこの上ない。快晴でも明るい惑星とせいぜい1,2等星くらいまでしか星は見られず、これでは星をつないで星座の形を作ることなどできっこない。かろうじて星座の形がわかるのは明るい星ばかりのオリオン座くらいなものだ。点滅もしないし色も地味だから、クリスマスツリーよりつまらない。
 
 夜空がこんな状態になったのは間違いなく「光害」のせいだろう。町から放たれる夜の灯りは星たちが彩る天幕を反射で照らしだし、主役だった星はそれより明るいもののためにその姿を隠してしまった。人類は夜空を月明かりより強力な光線で破壊してしまった。
 
 人間の五感はずっと刺激を受けていると慣れが生じ、ついで不感となりついにはその役目をしなくなる。
 聴覚で言えば、騒音性難聴が有名であろう。密閉型のヘッドホンで大音響を鼓膜に打ちつけ続けると、高音がまず聞こえなくなる。ついで会話などに用いる低音が聞こえなくなっていき、最後は聴覚が廃絶し全音難聴となる。騒音下で長い間仕事をしている人も同様要注意である。
 嗅覚もどんな強烈なにおいのトイレに入っても、すぐに慣れて、「鼻が曲がる」ことを忘れてしまうでしょう(笑)
 
 それではずっと光を受けていると目も衰えていくのだろうか?
 私は眼科については不勉強なのでよくわからないが、夜も光を自在に扱えるようになったのはここ数十年のことに間違いない。照明がなかったころの人類は日が沈むとわずかなたいまつ以外はそれこそ月明かり、星明かりしか、よりべがなかっただろう。それが、目を閉じている時のほかは光の洪水の中に居続けることができるようになった。そんな状態が果たして目によいものかどうか私にはわからない。事実、望遠鏡、双眼鏡をはじめとし様々な器械を発明した人類は自分の裸眼を使って遠くを見る能力を必要としなくなった。春の淡雪のようなか細い光を放つ星などは将来見えなくてもよくなってしまうほど視力が衰えるならなんだかとてもさびしい。

 もしも1910年の大接近と同じくらいの姿でハレー彗星が1986年帰ってきていたとしても、天を照らすおそらく様々な照明で彗星は減光され、私もがっかりしたかもしれない。もしかしたら有史以来の最悪無惨な姿で記憶されていたかもしれないのだ。
 人類がどんな道を歩んでいようとも2061年ハレーはまた帰ってくる。今度はすばらしい大彗星として見える予想だ。
 夜空をなるたけ暗く、満天の星が見え、それでいて足下は明るく、女性子供でも危険のない夜を迎えられるそんなことはできないものだろうか。と、過去のスターウォッチャーは天文観測以外なんのメリットもないテクノロジーの開発を夢想している。

*中国ノーベル平和賞:2010年度劉暁波(りゅう・ぎょうは)氏受賞。人権活動家の功績で与えられたが政治犯として服役中だった。2016年現在も獄中である。


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2011年02月04日金曜日「花粉の映像は禁止すべし」
 1月も後半に入り、花粉症の方がかなり来られるようになった。
 
 メディアで去年の夏は猛暑だったため、今年の花粉はかなりきついと繰り返し宣伝(?)しているので、重症の方は恐れおののいて早めに抗アレルギー剤を飲んでおきたい、ということだろう。
 実際、もう鼻がぐしゅぐしゅで目もかゆい、という方もいる。まだ飛散宣言前にもかかわらずである。スギの花粉が飛ぶシーンをTVでよく映し出しているが、実はあれを見てしまうからではないかと私はにらんでいる。そうであったら即刻やめて欲しい、あの映像が出るたびに私はそう思う。
 
 人間は暗示にかかりやすい動物である。蕁麻疹はもともとはアレルギーの元となる物質が作用して引き起こされるが物理的刺激でも出やすい人がいる。その蕁麻疹のパターンは皮膚描記症といい、爪で引っ掻くとその部分がみるみる腫れだしていわゆるみみず腫れ状態になるのだ。そこにアレルギー物質がないのになぜそうなるのだろうか?
 
 皮膚や粘膜など体表と呼ばれる組織の直下には、肥満細胞という哨戒部隊がいる。細菌やウイルスなどの侵入者に目を光らせているのだ。実際、肺炎や敗血症など、細菌との全面戦争になると体全体の免疫細胞が出動されるが、人間の戦争よろしくウイルスや細菌との戦いも最初は国境付近のこぜりあいから始まるし、その防御システムも軍隊とよく似ている。
 まず、何か異変がキャッチされると、防壁を哨戒していた細胞から「蛮族侵入」のろしが上げられる。それが肥満細胞のもつヒスタミンと呼ばれる物質だ。ヒスタミンは強力な炎症作用を持ち、腺分泌を促進させる。そして、血管を拡げ、また血管の隙間を物質がとおりやすくする効果も持つ。この現象を「血管透過性亢進」と呼んでいる。  
 
 血管は一本の管でなく、自分の細胞だけ通り抜けられる非常口がついているが、普段はあいていない。ここぞというときにそれを解放して、血流で運ばれる強力な部隊を血管の乏しい所にも大量に出動させることができる。戒厳令下に兵員を鉄道ピストン輸送するようなものだ。
 毛細血管が広がるために、その場所の皮膚は赤くなり腫れて、粘膜なら充血し、むくむ。
 そして、ヒスタミンは白血球やリンパ球が持つサイトカインと呼ばれる異物を殺す武器を放出させやすくする。
 菌が入ったところが腫れて赤くなるのは全面戦争に至らせる前に局所戦で片をつけようとするためだ。すなわち、白血球は強力な武器を持って異物を殺すが、図体がでかくのろいのが難点でなかなか非常時に集結できない。ヒスタミンの知らせで白血球は臨戦状態になり、おまけに血管が広がるためにその場に駆けつけやすくなる。
 実際、蕁麻疹で腫れた箇所を顕微鏡でのぞくとうじゃうじゃと炎症細胞やリンパ球、白血球がかたまっている。蕁麻疹で腫れても、菌で腫れても顕微鏡の風景の差はあまりないが、そこには大きな違いがある。外敵者がいるかいないかである。
 お察しのとおり物理的刺激=引っ掻いて起こした蕁麻疹には外敵はいない。そこにはヒスタミンによって呼び出された兵隊たち(リンパ球や白血球たち)が敵もなく右往左往しているだけだ。
 
 普段は頼もしいこのヒスタミン・システムだが、暴走してしまうと蕁麻疹や花粉症の直接の原因となる。
 菌が侵入して戦い、そこが熱をもって多少不愉快でももしかたがないが、物理的刺激で敵と間違えてのろしをあげてしまうと迷惑この上ない。
 冒頭で暗示でも、と書いたが、まさにこのヒスタミンは信じ込ませることによっても放出させることができる。それは漆実験が有名である。
 
 ウルシアレルギーの人に目隠しをさせて、漆を使っていない木の椀を持たせる。
 あわてたふりをして「ああ、間違えました。大変申し訳ない!漆を使っていないのはこちらでした。」と言った瞬間、蕁麻疹が出現することがある。漆に触れた(実際は触れていないが)という嘘の情報に惑わされヒスタミンが放出されたわけである。
 
 だから、動画でスギの花粉がまき散らされているのを目撃した瞬間、飛んでもいないのに重症でデリケートな花粉症の方はヒスタミンが鼻粘膜に分泌されることがあるのではないか?
 それなら、迷惑であろう。見なければまだ抗ヒスタミン薬を飲まなくてもいいかもしれないのだ。
 TVつけなければいいって?それはそうだが、新聞だって太字でぶちぬきで「今年はスギ花粉大飛散!」って書いてあればほかの記事を読みたくてもいやでも目に入る。見たくないのに見せられるのだ。マスコミの暴力ではないか。毎年のこと、どうせ、花粉が飛ぶのはしかたがないことだから、あの映像は使って欲しくない。私は今のところ花粉症ではないから実害は被っていないのだが、あれはマスコミのさかしらぶった余計なお世話だと思っている。
 
 何回にもわたってマスコミの悪口ばかり書いてしまったが、以前から私はどうもTVに懐疑的なスタンスなので申し訳ない。関係者の方すみません。 
 余談だが、昔、救命センター勤務していた時、夜通し取材に来ていたTVカメラクルーの方たちは皆よい人でした。現場の方はおしなべて一生懸命で仕事熱心。素材を作る側と組み立てて作る側の性格は全く違ってくるのだろう。人や組織とはそういうものである。
 医師は一人一人まじめに頑張っているように見えても、医療がうさんくさいと思われるのと同じだろうか?我田引水?閑話休題。
 
 一連の「○○はからだにいい!」シリーズや「○○で癌が消えた!」など医学的根拠が全くないでまかせをTVで垂れ流し、それを見た患者さんはその真偽を外来にまで聞きに来られ、はなはだ迷惑している。
 その同じ口で「たらいまわし」だの「医療崩壊」だの平気で報道し医療不信をあおる。
 かと思うと、「神の手」と称して、医師を賞賛するふりをして、そのDrに依頼を殺到させ疲弊させる。人気料理店ではないのだ。その人を過労でつぶしたらマスコミが責任をとるのか?その責任を報道側が負うという話は寡聞にして知らない。
 どうもマスコミ(特にTVは)私たちと不倶戴天なのではないかと勘ぐりたくなる。
 
 暗示とよく似ているが、一昔前(30年くらい前になるだろうか?)TV特番でよく流行っていた「世界的有名な催眠術師来日!」とかいう、今だったら噴飯もののコンテンツがあった。
 今ではうさんくさぶりで放映それ自体が珍しいが、当時は視聴者も催眠がかかってしまうのか、季節ごとやっていて私もついつい見てしまったような気がする。
 ついでに、未解決の事件を解決するというふれこみの怪しいガイジンばかり出るサイキック捜査官や恥ずかしいほどありえない映像ばかりのUFO特番など・・・結構いろいろだまされていたなぁ、いつも(笑)
 
 催眠術のだいたいの流れは舞台から術師が希望者を募る。足りない分は指名することもあるが大概は希望者で事足りる。十数人がぞろぞろ舞台に上り一列に並ぶ。
 術師は一人一人の肩に手を置き、「1,2,3」とカウントして指を鳴らす。崩れるように一人倒れ込むと、次々カウントして一瞬で被験者の意識を落としてしまう。
 そして、おきまりのコースでは
 「皆寝てしまいましたね。これでは催眠のすばらしさをお伝えすることができません。そこで一人一人に違う催眠のパターンをお見せしましょう」という。
 寝ている一人に
 「カウントするとあなたは目を覚ましますが、どうしても4という数字を思い出せなくなります。私が手を2回鳴らすとすべての指示が解除されます」
 といって「ワン、ツー、スリー」・・・あら不思議、突然目をぱっちり開けた人は何が起こったんだ、という顔で起き上がる。
 術師は「お疲れ様でしたね、突然倒れるのでどうしたかと思いました。大丈夫ですか?」と白々しい。  
 「ところで、今日は何日でしたっけ?」と突然の問いに被験者は
 「え、今日は2月・・・えーと、えーと」「三日ですか、五日ですか?」とさらに術者はにやにやと白々しい。
 実は2/4なのだが、催眠術にかかっているので4が思い出せない、という格好なのだ。
 「いや3じゃないし・・・5じゃないし・・・」「それでは数を1から10まで数えてもらえますか?」
 「・・・1,2,3、・・・あれ、うーん3、3、あ、5,6,7,8,9,10!」観客は爆笑だ。
 「ど忘れって結構ありますからね、ありがとうございました。」とここで術者は2回手を打ち鳴らす。
 「今日は何日でしたっけ?」「2月4日です」で、爆笑。ちゃんちゃん。
 「さあ次の方もカウントしたら目を覚ましますが『私と握手したら椅子から立ち上がれなくなる』という催眠をかけます」・・・もういいよ!
 
 第一、なんで通訳の人は催眠にかからないんだ!というツッコミはおいといて

 どうです?茶番でしょう。
 こんなのを「決して嘘をつかないTV番組」がやっていたのだから私たち「善良」な小中学生(笑)は瞳孔開きっぱなしでいちころだった。真剣に「すげー!すげーよ、催眠って」と興奮して見てトンデモ超能力を礼賛していたのだ。
 
 タネを明かせば、これはいかさまでもなんでもなくショー催眠という立派なマジックのジャンルに属するもので、まず術師の腕の見せ所は被験者としていかに「かかりやすい人」を選ぶかで決まる。決してサクラを使ったりだの言い含めてのヤラセだのを仕込まないところが一流の催眠術師のあかしだ。
 あとは術師の話術と集団催眠術のテクニックだ。かからなくても、被験者がかかったふりをしないと悪い、と思わせる雰囲気を作り出すのがプロの腕前である。
 マジシャンズ・セレクトといって、こちらに自由な選択権があると信じ込ませて、その実術師の手のひらの上というマジックの基本技でもある。「カードを自由に選んでください」「好きな数字を何でも思い浮かべてください」も全部同じである。
 それを「なあんだ、インチキ!」とくさすのではなく、「だまされないぞ、と思ってもやっぱりだまされちゃったなぁ」というのが大人の対応として立派である。

 ショーマジックではなく、医学的には催眠という概念はある。それはうたた寝状態が催眠にもっとも近い。うたた寝していて目が覚めると何か特定のものを食べたくなったことはありませんか?あなたのそばでTVがつけっぱなしで、ファストフードの宣伝をしてたかもしれないし、誰かが耳元で「○○食べたい」とずっとささやいていたかもしれない。
 フロイトの「精神分析入門」の中でも似たような記載があったのを思い出す。催眠状態下での暗示はその後の行動をかなり支配できると聞くと結構怖いものでないだろうか。
 
 意識を落とした状態で様々な暗示をかける催眠療法も欧米では結構活発に行われている。安定剤などの薬物を使ったりする場合が多く、どうも日本には根づかない風習だが、うまく使えばどれだけ効果的だろうか。それはどんな人もあっという間に意識を落としてしまう催眠術師もしかり、また新興宗教の教祖と信者の関係やTV制作者とその盲信TV信者を見れば、おわかりだと思う。

 科学的に治療するより、また理知的に患者さんを納得させるよりも、催眠と暗示は医療に応用すればどんな特効薬より副作用もなく、絶大な効果をたたき出すのではないだろうか。人間の潜在能力は限りないのだ。なんたって、幻影で花粉症を作れるくらいだから(笑)
 
 実際、「独自の」治療法を実践していて一定の患者さんを得ている医家はすでにそのオーラを出しまくっているのかもしれないが、私にはどうもなぁ。理屈に合わないことはブレーキがかかってしまう。
 あれだけ小中学生時は「超常現象万歳」よりだったのに、人は変わるものですなぁ(笑)

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2012年04月23日月曜日「Machine Messiah(マシーン・メサイア/機械の救世主)」
 第70期将棋名人戦が始まった。
 
 将棋の話はちんぷんかんぷんの方も多いと思うので、あしからず。
 
 名人とは将棋界では最高の称号である。(同格に竜王というタイトルもあるがそれは割愛)もちろん実力でつかみ取るほかはなく、毎年タイトルホルダーの「名人」は激烈なリーグ戦を勝ち抜いた挑戦者と2ヶ月間、一局2日がかりの7番勝負を戦う。関係ない人にはどうでもいいことだが、将棋ファンにとってはこの季節になると名人戦の動向から目が離せなくなる。
 
 この名人挑戦者を選ぶリーグ戦というのが誠にきびしい。年間通してのリーグ戦だから、サッカーで言うところのJ1覇者と同じだ。しかし、棋士はこの「J1」に所属するまでが大変な道のりなのだ。
 そもそも将棋のプロになるためにはまずとてつもないハードルがある。
 奨励会というプロ棋士養成所で切磋琢磨し、勝ち進むと三段リーグというプロ以前の最終リーグに属する。そこで総当たりで半年に2名ずつ成績優良者が卒業し、プロになれる。
 上がれないと居残りだが、年齢制限も設けられ、それに引っかかると強制退会となる。
 
 卒業すると、ルーキー・リーグに加わり、一年間同じリーグ内で戦う。
 最下リーグはJ1から数えて5番目、J5に相当する。J2からJ5リーグは年間通して勝数の多い2名のみ上位のリーグに上がれる。(ルーキーリーグのみ大所帯なので3人上がれる)
 だから、毎年勝ちまくって上位リーグに連続で上がったとしてもプロになって名人に挑戦するまで最短で5年かかることになる。

 将棋史上その「5年で名人挑戦者」となった人は加藤一二三(ひふみ)九段たった一人である。
 しかし、その天才・加藤は昭和の大名人・15世永世名人大山康晴に敗れ、実際に加藤名人という頂点にたどり着いたのは、初挑戦から22年経った42歳の時だったから名人獲得がいかに大変であることだろう。
 それに対し、最速ではないが次点スピードとなる6年で名人挑戦し、しかも同時に名人就位した棋士は3人も存在する。
 中原誠16世永世名人・谷川浩司九段(引退後は17世永世名人)・羽生善治二冠(引退後19世永世名人)で、いずれも5年間以上名人を勝ち取って「永世名人」を名乗ることのできる天才棋士ぞろいだ。
 
 そんな頂上対決となる今期名人戦は森内俊之名人(18世永世名人)対挑戦者・羽生善治二冠の最強の組み合わせである。
 
 森内名人と羽生二冠は同い年である。1996年25歳同士で名人戦で激突して以来15年将棋界を牽引してきた。21世紀に入りここ10年この二人以外名人を名乗った棋士はいない*。その二人も一方的にどちらかが強いわけでなく、奪取したり防衛したり忙しい。森内6回、羽生4回名人位就任。まさに竜虎相撃つといった感じである。
 今期名人戦の第1局は4月10日に行われた。その時、驚くべきことが起こった。
 去年の名人戦もこの二人の戦いで行われたが、その第4局目と寸分違わず全く同じ進行を見せたのだ。
 二人とも図ったように去年と全く同じ手を指す。
 駒がぶつかって戦いに入っても去年と同じだった。
 意地の張り合いとも見えるこの不可解なことは、最強の棋士同志では実は当たり前なほど簡単なことだ。
 素人なら、この進行はどこかで指したことがあるなぁ、と思うくらいだが彼らクラスになると、自分の指した将棋などはたとえどんな昔であっても、「いつ、誰とどんなときに指した将棋」とたちどころに記憶を呼び出すことができる。
 
 また、事前に入念に研究予習してきたことであろうから、どちらもこの戦いなら自分たちが指した将棋が最善であるとの自負があるに違いない。しかし、決着のついた去年の道を最後までたどることはできない、どこかで手を変える必要がある。それが81手目というから、すごいことだ。
 だいたい将棋は平均で120手くらいで終了する。その3/4ほどまで研究済みで「その手以外負け」の場面というから、私などからみたら神業としかいいようがない。
 対局後、名人が「80手過ぎまで、どうしても手を変えることができなかった。」とインタビューに答えていた。
 この将棋に限ってはは80手までゴールデン・スタンダードができた、といっても過言ではない。一手でも踏み間違えば、たちどころにミスをした方が不利になる。
 当代最高の将棋頭脳を持った二人が2年越しにたどり着いた結論なのだ。しかし、将棋は一手でも場面が変わればそこからは未知の世界に突入する。結果は森内名人のかろうじての勝利だったが、81手目がミスであったわけではないらしい。その風景は私どもの棋力では永遠にたどり着けない高見なのだろう。

 そんな異能の棋士にもコンピュータの驚異が背後まで忍びつつある。
 以前、「機械が名人に勝つなど永遠に来ないのではないか」とこのコラムでも記した覚えがある。将棋の手というのはその場その場で無限に近い数が生じる(そのほとんどが人間なら少しも考えない駄手)からコンピュータには向かないと言われていた。
 確かに昔のファミコンの将棋はえらく弱かった。しかし、最近ではまずアマチュアのトップ強者でも勝てないほどの将棋ソフトが強くなっている。

 そのわけはコンピューターの思考法・プログラムを大幅に変えたためだという。
 今までは駒の動ける範囲を片っ端から計算し、良さそうな手を選ぶというしらみつぶし法だった。これだと不必要な計算が多すぎて無駄を強いてきた。
 最近では場面を評価して、点数化し動かした場合、さらに最良の場面になる手を数手に渡って選ぶという「人間くさい」方法をとってから格段に強くなった。

 プロ棋士も場面を見て一瞬にどちらか優勢であるかを見抜く、この誠に「人間なのに機械くさい」能力を最新の機械に置き換えたのだ。
 そうなると1秒で1800万の手を読むというコンピュータは強い。コンピュータを数台連結し、さらに思考を高速化したマシンと棋士が戦うというイベントが数年前から始まった。その成績は機械が人間を圧倒し、まさに顔色なしの気配だ。
 
 去年は女流のトップ・プロ、今年は引退したとはいえ米長永世棋聖・元名人に勝った。
 来年はいよいよ現役プロ棋士と機械が戦うことになっている。プロ棋士も好調の強者が選ばれるが、マシンも毎年進化している。これは楽しみと同時に少々おっかない。せめて将棋くらいは人間が機械より永遠に強いと言いたいところではあるから・・・

 機械が名人を倒す*、日は私は正直見たくない。人間が鳥にあこがれるのは決して自力では飛べないからだ。人類は機械を使って鳥より速く飛べるようにはなったがやっぱり鳥にあこがれる。

 これだけ高度な思考回路を持つ機械が人間より精緻な手術をしてくれる日が来るのであろうか?
 さすがに手術は症例ごとその場その場で判断を下さなくてはならず、その時の最適な手技など視覚からでは点数化できないから、まだまだ機械には無理であろう。
 すくなくとも、簡単な動作で寝たきり者を介護できる自動ロボットができるくらいでないとおぼつかない。当分は手術ロボに仕事を取られることはなさそうだ。
 
 現在、「ダ・ヴィンチ」という手術支援マシンがある。
 このダ・ヴィンチはロボット・アームで術者が遠隔操作し、人間の手の動きを再現できる。視野も拡大し手ぶれも修正するので、手で行うことを数ミリの単位で可能になる。
 ダ・ヴィンチを紹介するサイトでコインより小さい折り鶴を折る動画がアップされている。これの応用として細かい血管も難なく縫合できるという優れものだ。まして手の入らないようなところの手術もマシンのアームがはいるだけの傷でできる、となれば素晴らしいことこの上ない。

 最近は複雑な操作をするビデオゲームをいとも簡単にクリアする若者も多いから、ゲーム世代医師はダ・ヴィンチを操作させたらそれこそ「至高の神の手」があちこちで生まれるのではないか。

 そのダ・ヴィンチを使っての手術は各分野で増えている。腎臓や前立腺などの手術も小さな傷でやってのけ、成績もよい。
 しかし、去年、このダ・ヴィンチで医療事故が起こった。

 執刀医は熟練した内視鏡外科医、もちろんダ・ヴィンチの作動にも精通している。
 症例は胃癌での胃2/3切除術で、開腹手術ならおそらく99.9%以上事故の起こることのない手術であったろう。
 胃を切除しその際肝動脈の周囲のリンパ節の郭清を行う。これは開腹でもダ・ヴィンチでも一緒だ。その際、膵臓を軽く押し下げてリンパ節をきれいに取っていく。この「軽く」というのが微妙なところで、どうやらダ・ヴィンチではその際膵臓を傷つけ、途中で気がついた術者は縫合したものの、膵液漏となり、術後重傷膵炎と同じ病態に陥り死亡したとのことだ。

 ダ・ヴィンチの最大の欠点がこれである。

 拡大して見え、それを操っても手ぶれ修正が加わるから、小血管をつなぐのも、肉眼で大きな血管を吻合するのとほぼ同じ状態になる。これは大きな利点だ。しかし、ダ・ヴィンチを操る術者にはその対象物が堅いか、脆いか、が全く伝わらない。
 熟練した外科医なら臓器や血管に軽く触れただけで、脆い組織かどうか一瞬で悟り、そこに手をかける力を加減する。
 将棋の名人が一瞬でその局面を理解するのとほぼ等しい。

 至高の外科医はメスやはさみの先でもその組織がどのような切り方をすれば最もよい方法かを説明抜きに体で覚えているものだ。人の臓器の細かいところ、それは無数のバリエーションがあるといっていい。
 今のところ私くらいの頭では触れた時の圧を伝えて点数化し最善の手技を選択するなど機械でできるわけないとは思っている。(いつまた前言撤回するかわからないが・・・)

 名人がコンピュータに敗れる日は遠くないかも知れない。
 
 が、外科医が機械に敗北する日はまだまだ先のことに違いないと信じている。
 
 =注=Machine Messiah:
  1980年イエスのアルバム「Drama」よりの曲です。イエスが分裂したときのアルバムで評判は今ひとつですが、現在ではかえって評価の高い作品です。長尺の重厚なロックで私は愛聴しています。
 ダ・ヴィンチの改良版である「圧力」を伝えることができるマシーンが慶応大学で開発中だとうわさを聞きました。これならばマシーン・メサイアに近づくのでしょうか

*名人を名乗った棋士:2016年名人戦で羽生名人を破って佐藤天彦八段が第13代名人位についた。
*機械が名人を倒す:2016年現在まだ名人は倒されていないが、タイトル王者に匹敵する山崎八段初代叡王は電王戦で将棋ソフトPONANZAに2連敗した。
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2012年12月03日月曜日「ツキの波」
 戦国大名でもっとも運がいいと思えるのは山内一豊(やまうち・かつとよ1546〜1605)であろう。
 それを言うなら最終的に戦国を収攬させた徳川家康こをもっと運がいいと言える。が、家康は自身の天下人の器量でつかみ取ったわけだから、運だけではとうていあるまい。
 
 豊臣秀吉は老年期にさしかかる前までは人の器量を見抜く天才的眼力を持っていた。山内一豊も秀吉が引き立てた一人である。
 いわゆる豊臣大名のなかで「ほどほどの器量で義理堅く堅実な」者たちを中老とし、4〜5万石で直臣とした。山内一豊はその中老連中の中でも3〜4番手の十把一絡げ大名でおそらく豊臣家が続くならば、山内家もその分で全うしただろう。
 
 秀吉は自分の死後豊臣政権を脅かすもっとも危険視していた徳川家康を仮想敵とし、江戸から大坂に至る街道(東海道)をもっとも律儀な大名で固め、たとえ徳川家康が大坂に攻め入ろうとしても、途中で阻むように何重の防壁を張り巡らした。その一人が旧徳川領にあった掛川城の山内一豊である。
 
 歴史が示すとおり、秀吉の死後すぐに石田三成と徳川家康の対立が表面化し、天下分け目の大決戦、関ヶ原が勃発する。
 
 山内一豊は関ヶ原の戦いの際、前評定でのっけから家康に帰属を表明し領国米、城をすべて献上すると発言した。その一言だけで会議の雰囲気は決定し、なだれをうって、秀吉が苦労して配した「律儀な」東海道筋の大名はことごとく家康についた。
 
 しかし、山内軍は関ヶ原では後軍の備えとなり、一兵も動かさず、戦場では全くの功績はなかったが、驚くことに論功行賞で、土佐一国の主となり破格の出世をする。
 これには家康の周囲の者たちは仰天して「山内はなんの働きもないのに」といぶかしがったが、家康は一喝した。
 「軍議での第一声は敵の大将首にも勝るわ」
 
 家康は豊臣大名の山内一豊が城も領地もすべて徳川に投げ出すという身ぐるみごと賭けに出たのがもっとも大きい功績と評価したのだ。
 
 山内一豊は秀吉が見抜いたとおり、その分は小国の一城持ちくらいの器量だったろう。史上有名な賢妻にも恵まれるという明らかにツキもあった。(一豊の策すべては妻の示唆であるという小説もあるがそれはかわいそうであろう)
 
 徳川家は戦後、関ヶ原で味方についた「外様」の豊臣大名を難癖をつけては取りつぶしにかかり、ことごとく改易して分解した。
 山内家も一豊が死去した際、跡取りがまだ幼少だったこともあり、一時取りつぶしの危険はあったが、一豊の弟・康豊が存命であったため、なんとか乗り切った。
 
 豊臣大名で外様国主になり幕末まで残れたのは、驚くべきことに福岡・黒田家、安芸・浅野家、津・藤堂家、阿波・蜂須賀家そして山内家だけである。(そのほかの大藩、池田・前田・伊達・上杉・島津などはみな織田信長政権または以前からの守護大名)200年間通してツキがあったと言わざるを得ない。
 
 余談だが、幕末の山内家当主の容堂は大政奉還まで徳川幕府を支え続けた。尊王攘夷派や薩長ほかの討幕派を向こうに回し最後まで公武合体および徳川家存続を願っていた。200年以上前、徳川家に土佐一国を与えられた恩を感じているのだろう。(だが、歴史が証明するように、土佐では坂本龍馬はじめ郷士や脱藩浪人たちが、容堂の思惑と異なり、薩長と倒幕に突き進む。)
 
 山内一豊ほどではないが、今ついているな、と感じていることは誰しもあることだろう。
 
 運が左右するゲームはツキの波をよく実感する。
 
 中学生以上ならほとんどすべて知っている「大富豪」と呼ばれるカードゲームがある。単純なカード減らしゲームで数人車座になって場のカードより強いカードを順繰りに出し、早くなくなったものが勝ちである。ヒエラルキーが決められ、始まる前に大貧民は大富豪に必ず強いカードを差し出さなくてはならない。
 当然大富豪は強い立場にあり、その地位につくと当分の間天下一の強さを誇る。強い時間は「無双状態(手のつけられない状態)」で回りのプレーヤーも「早く上がって抜けてくれ」と強いカードを温存する手待ちにおちいらせたり、以下の面々のなけなしの切り札を「高笑い」状態で瞬殺したり、やりたい放題である。
 
 ところが、あるときいきなり下り坂を実感する。
 盛者必衰のことわりである。配られた時の違和感が最初で、カードがそろわなかったり、バランスが悪くなったりで、それでも「大貧民」からの「貢ぎ物」でかろうじて糊口を凌ぐこともある。それでやっと持ちこたえても、以前の無双の強さには戻らない。そのうち下克上がおこり、トップの座を滑り落ちる。
 
 このゲームの面白いところは実力差がほとんどないメンツだと、一度落とされた大富豪はたいていずるずると落ちて行き、数回のプレイで大貧民のどん底までたたき落とされることが多い。王朝が替わるがごとく、新しい覇者が無双になるのだ。
 
 カードの出し方のうまいへたで大富豪を維持できる時間帯は異なるが、このゲームが全国で人気なのは、腕に関係なく必ず誰もが「気持ちのいい時間帯」を経験できるからではないだろうか。修学旅行で徹夜したご同輩もきっといることだろう。
 
 ツキというのは不思議なものだ。
 
 腕の善し悪しがかなり左右する麻雀、バックギャモン。心理戦が必要なブラックジャック、そしてポーカー。これらもトータルすると上手い奴の勝率は抜群なのは決まっているが、それでも突風が吹くがごとくいきなり手のつけられないツキがつくことだって珍しくない。いつもはへたくそでカモっていたへぼ雀士から大負けすることだってあるのだ。
 
 ツキに乗れるかどうかで勝負は決まると言っても過言ではない。ツキは理屈ではなく波である。大きく寄せるときもあれば、すぐに離れる時もある。
 
 逆にツキが離れる瞬間、またはその前、が察知できたらこれほど便利なものはない。その後は大きく賭けることもせずおとなしくすれば怪我は最小限に抑えられるはずだ。それがわからないから、賭け事は苦労が絶えないのだ。
 
 株や先物取引で儲ける人が少ないのはきっとこういうわけであろう。
 
 最初はじわじわ値を上げて喜ぶ。しかし、「もう少し待てば、もう少し上がる」と思った瞬間、値を下げるのだ。そうすると「あそこまで上がったから、そこまで持ち直したら売ろう」と考えている隙に暴落するのがオチで、「せめて、買った手数料くらい取り戻したら売ろう」と思っても元本を割ってしまい、取り返しがつかなくなる。
 
 私はこういうケースにはまったわけではないが、賭け事も証券も「胴元」がいるものはやったことがない。(パチンコはしたことあるし、宝くじもバクチといえばそのようなものだが・・・)
 途中で儲ける組織(JRAや証券会社)がある、ということは、掛け金を張るものはトータルで考えても損するに決まっているからだ。
 
 ツキの総量は決まっている。
 ゲーム大富豪のようにツキの波がわかるのなら、苦労しない。波が去ったらおとなしくしていればまた大波が来るのをひたすら待てばよいのだ。
 賭をするとき人間には度しがたい欲というものがある。「もう少し」と思った瞬間が負けフラグなのだ。
 
 ツキの総量は誰でも決まっていておそらく一定に近いのだろうとも私は考えるが、寿命の長短などはどうなるか。これはツキというより運命に属するものだろう。すると病気や事故で精神活動をはじめる前に命を落とす短命の方はもともとツキはなかったことになるが、勝手だがそれは両親のツキに属するものだと私は考える。
 
 このような波をなんとか事前に知る方法はないのだろうか?
 
 人間の体に起きている様々な事変を医学は客観視できるようにしてきた。医学の草莽期は「脈や呼吸があらいから具合が悪いのだろう」などと体の変化を捉えて判断した。ついで尿の色、量、臭いで異変を察知した。室町時代の日本では貴人の便を見る専用の医師もいた。
 
 20世紀に入ってからは体内を視覚的に把握する手段、X線、超音波、MRI、今世紀からは3Dで構築することも日常茶飯事となった。これほど外から検査をすればわかる時代になったゆえ、死後の病理解剖は不要だということも平気で論じられるようになったくらいである。
 
 また、血液からは体の状態を数値化する手段、血球の数や種類で何事かを起こっているかを類推し、肝機能や炎症反応なども登場した。腫瘍からでるタンパクを指標としたり(腫瘍マーカー)果ては妊婦の血液から胎児の染色体異常がわかるまで、人間の体の中で何が起こっているのかを知るのに数値化が発達しとどまるところを知らない。
 
 実体としての医学の学問はかなりのセンまで到達できている。いわゆる形而下的医学に関しては人体の状態の把握はたやすいとまでは言わないが納得できるレベルにあり、さらに進化する余地もある。
 
 だが、形而上的にはどうか?夢想することの多い私としてはそのことに思いをはせる。
 
 その人がうつ病である、その人が精神病である、それを血液やら画像診断やらで数値化で判断することは、まだまだできていないだろう。だが、ツキが波であり外から体に影響を及ぼしているからには、その波動を客観的に捕らえることだってあながちできないとは言えまい。

 電波に乗ってラジオから音が出るのだってもう100年近く前から人類はやっているのだ。

 また、極端な話「ふりをする」ことだって人間はかなり高度にやってのけるし、それを医学的に判断することはプロの精神科医でも難しいのではないかと思っている。(精神科のDr、間違ってたらごめんなさい)
 
 DVDなど映画をTSUTAYAからたまに借りて見たりする。

 見終わってから、そのメイキングなどをオマケ映像を見ることも多い。そこで精神異常者を演じた名優が監督の「カット」の声がかかると、瞬時に「素」の正常者に戻って、いきなり一服はじめたりする。私などの演劇音痴はそのテンションのギャップに驚き、演技力に脱帽する。どう見たって、演じているときは本物の気○○○にしか見えない。
 
 そういうシーンから類推すると、演ずる才能があって訓練さえ積めば医師の前であっても「完璧に精神病者」のふりをすることは可能なのではないか、とひねくれ者の私は思ってしまうのだ。これが胃癌など実体の病気だと「ふり」をすることが絶対にできないことで違いがわかるだろう。
 
 人体に起こっている形而上的影響、ここでは精神、神経などの要素、果てはバイオリズムにも似たツキなど数値化がもしできたら人類は計り知れない恩恵を得るのであろうか?
 
 あなたねぇ、芝居してもダメだよ。「精神異常マーカー」が低いからね。うつ病じゃないんじゃないの?
 
 とメリットはズル休みしているビジネスマンをこらしめ諭すくらいだろうか。
 
 新うつ病という困った病気をあぶり出すにはいいのかも知れないが、それ以外はあまりメリットないかも(笑)
 
 以前、「痛み」をデジタル化して他覚的に把握できるかもしれないという文を書いた覚えがあるが、それも形而上的数値化の一つだろう。
 それらのメリットとしては精神病・痛みの治療効果が採血で評価できるとか、ツキのないときは家にじっとしているとか、ついでに株や競馬に手を出さないとか(笑)があげられるだろう。
 
 そうするとカジノや証券取引所は商売あがったりだろうしTV雑誌から占いは消えるに違いない。下がる株や為替を皆が買わないとなると、一度下がりはじめた株は底知らずに暴落することになる。これじゃ、経済が停滞するし壊滅するだろうな。
 
 そんなバカな、と皆さんは思うだろうが、医学の進歩というのは予測がつかないものなのだ。
 
 人気漫画でドラマ化された「JIN-仁」を見てください。
 
 今から120年後の知識と技術を持った医師が今タイムスリップしてきたとしたら、「ペニシリンもないのか」と嘆いた仁のように「なんだ精神マーカーもないのか、どうやってにせうつ病を見抜いているんだ?」と言われるかもしれない。
 
 とんでもない技術が当たり前のように今日明日でできてしまうのが現代の医学である。それが幸福をもたらすかどうかはわからないが。
 
 山内一豊はあの軍議の際、自身のツキを実感していたのだろうか?
 
 オールorナッシング(徳川が負ければすっからかんだったわけだし、命もないし)の賭けだし、関ヶ原のあの時、弾こそは飛んでこないで安心だが、後軍にいて戦況が見られず気が気ではなかっただろう。
 
 その後胸をなでおろして、「オレはツイていたな」と大きくため息をついたに違いない。これだけは400年経った今でも変わらない情景であろう。

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2013年10月07日木曜日「『完璧』な『外科医』」
中国戦国時代(B.C.403〜B.C.221)の話である。
 日本でもよく知られている3つのことわざの出典でもあり有名な話を紹介したい。
 
 7つの国が覇を争っていた時代だが、戦国末期の力関係はのちに最終勝利者となる「秦」対「他の6ヶ国」という図式だった。
 その秦の脅威におびえる一国「趙(ちょう)」国の恵文王(けいぶんおう)はその時秦からの書状に困惑していた。

  「趙の秘宝【和氏の璧】・かしのへき、と秦の15の城と交換してくれないか」という秦の昭襄王(しょうじょうおう)からの申し出であった。
 
 「和氏の璧」は満天下に名のとどろいた趙国の宝玉である。(璧とは中央に穴のあいたヒスイで祭祀用に用いられた)
 しかし、いかに名玉とはいえ15の城と交換なら、全く損はないどころか大きな得である。それなのに、恵文王が困った理由とは秦の昭襄王は約束を守る気は毛頭ないことがあきらかで、秦はおのれの軍事力を背景に今までも紛争を起こしては武力で制圧してきた過去があったためだ。
 
 要求をのめば、ただで璧をとられる、断ればそれを理由に戦争をふっかけられるだろう。
 
 趙王は困って群臣にわけを説明して「どうしたらよいだろうか」とたずねた。
 
 趙とて弱国ではないが秦と全面戦争におよぶ力はない。誰もが沈黙する中、末席の藺相如(りん・しょうじょ)という文官が進み出て「私が使者になりましょう」と申し出た。
 
 優男にしか見えない藺相如だったが恵文王の前で堂々としており、これなら秦王にも屈辱外交はすまい、と思った趙王はさっそく、和氏の璧を持たせて秦に向かわせた。
 
 秦王はすぐに藺相如を引見した。
 
 相如が捧げる璧を満面の笑みで受け取り、あるまじきことに居並ぶ臣下や愛妾にまで璧を回させ、群臣は万歳を唱え、引見の場はどんちゃん騒ぎの祝勝会の様を呈してきた。まるで戦勝の品定めである。
 それをじっと見ていた相如は進み出て得意絶頂の秦王に言った。
 
  「その璧には傷があります。今のうちにお教えいたしましょう」
  
 璧を受け取った相如はやにわに、柱に近づき璧を振り上げた。
 
 白面貴公子の相如が怒気を満面に含み秦王をにらみつけている。怒りのため髪が逆立ち、冠を押し上げているほどだ。(史記原文は「怒髪衝冠」→これが『怒髪天を衝く』の語源である)
 
 秦王宮が水を打ったように静まりかえる中、相如は突然声を張り上げた。

 「秦王の国書を謁した時、わが趙の群臣はみな『秦は城を渡さず璧だけ奪い取るつもりだろう』と口々に言いました。しかし、私は『秦は大国です。盗人のようなおろかな真似はするはずがない』と趙王を説得し、璧を持ってまいりました。しかし、この騒ぎはなんですか?かわりに差し出す城のことなどなかったかのごとくの秦王のふるまい。よくわかりました。璧が欲しければ私を殺してでも力づくで璧を奪うがよいでしょう。が、その前に私もろとも璧は砕け散りましょう」相如は自分の頭と璧を柱にたたきつけようとした。
  
 あわてた秦王は無礼を相如にわび、地図をとりよせ、「この城を渡すことにしている」と約束した。相如はそれでも承知しない。

  「わかりました。しかし和氏の璧は天下の至宝。趙王はこれを秦王にお渡しする際、5日間身を清めておりました。秦王もお受けになるのなら同じよう5日沐浴し身を清め、国賓を迎える礼をお尽くしください。さすれば璧をお渡しいたしましょう。」
 
 わかった、それでは5日後礼を持って改めてお迎えしようと秦王は明言したが、不満そうな態度を見た相如は城を渡すことはないと見抜き、璧をひそかに趙へ送り返してしまった。
  
 5日沐浴を済ませた秦王に相如は謁見を願った。
 
 「いままで秦王は約束を守ったことがありません。」とずけずけ言った。
「秦がまず15城を趙にお渡しください。そうすれば、趙王とて強国の秦に対してごきげんを損ねることは絶対にいたしません。璧を喜んでお渡しするでしょう。」
 苦々しい顔の秦王は「璧はどうした」と尋ねた。
「すでに趙へ戻しております」

 それを聞いた居並ぶ秦王の群臣は一斉に騒ぎ出す。それを相如は一喝した。
  
 「黙られよ。私が秦王をあざむいたのは事実。その罪によってどうぞ、釜ゆででもこの首でも落としなさい。甘んじて受けましょう」
  
 生意気な!死罪にしろ!と口々に言う臣下たちを秦・昭襄王は制した。
 
「待て。この男を殺したところで璧も手に入らず、完全に趙を敵に回すまでだ。藺相如はむしろあっぱれである。手篤くもてなして帰すがよい」と国賓の扱いで相如と接し、ねぎらって趙へ帰した。
  
 璧も失わず、国の面目をも保った藺相如。趙王は帰還した相如を趙の大臣に任命した。
 
  史記に言う「璧を完とう(まっとう)して趙に帰る」「完璧帰趙」これが「完璧」の語源である。まさしく完璧な外交とはこのような交渉を言うのだろう。
 私などはこの話を読むまでは完璧とは完全無欠な壁(かべ)のことをいうものだと思っていたが、壁土ではなく璧だったのですね。そういえば字が微妙に異なるわけだ。

 さて、なんの前振りかというと
  優秀な外科医の条件とは?
 
 という問いを医師でない友人にされた時、ふと考えたことがある。
  
 同じ中国での古典、現代の日本でもよくビジネス書などで引用される「孫子の兵法」にこうある。
 「百戦百勝は善の善なるものにあらず、戦わずして勝つものが善なるものなり」と。

  つまり、100回戦ってすべて勝つよりも、戦わないで勝つ者の方がもっとも優れている、というのだ。
 私も孫子同様、最上の外科医の条件こそはこれであると信じている。
 
 孫子とは軍人であるから軍を発する権限を持つ、その者が「軍隊を使わないのが一番」と説いているのだ。
  
 それに乗っかって外科医の善なる者を規定すると
 「すべての手術を成功させる外科医よりも、切らないで治す者が善なり」となる。
 それじゃ内科医が上なのか?ってことになるがそうではない。
 切らないで治る病気の見極めができること、これである。
 
 外科医はメスを握るものだから、迷ったら手術、という図式がずっと続いていた。
 「オペを逡巡して、手遅れにしたらどうする」
 という免罪符があったからなおさらだ。
  
 激痛を訴える腹痛患者に診断がつこうがつくまいが、「急性腹症」というざっくりした病名で「試験開腹術」(診断がつかないからお腹をあける)などという乱暴なことも津々浦々で見られた。
  
 すぐに手術しなくてはならないか?
 待機手術が可能か?
 手術は不要なのか?
  
 この振り分けが瞬時にできればできるほど名外科医と私は思う。手術のうまさは関係ないの?
 と思われるかもしれない。
 それはうまいに越したことはない。が、それは二の次と考えている。
 
 私が外科病院に勤務していたころ、かつては週に何回も手術機会があった急性虫垂炎という病気があった。ちまたでは「モーチョー」と呼ばれるあれである。
 右の下腹が痛くて、血液検査で白血球が少し増加していたら、「オペですね」と言われて有無を言わさず入院させられたものだ。
 
 時代の罪だからしかたがないが、私が研修医当時、腕自慢のある先輩外科医はこう言っていた。
 
 「アッペ(虫垂炎のことをこう呼ぶ、appendicitis=アッペンディサイティスの略)は指一本の創で30分以内で出来なきゃ外科医じゃないぞ」
  
 指一本は大げさだが、数センチの切開創で虫垂だけ、くるっと体外に出し、流れるように切除、そのあとはお腹の縫合だ。なるほどよっぽど慣れていて手先も器用でないとなかなかできない。かけだし外科医の私などはすごいなーとぼーっと聞いていたものだ。
 だが、これは全くの無駄な技術である。
  
 指一本でできる虫垂炎などは虫垂の腫れもたいしたことなく、腹膜炎の徴候もなく、癒着(くっつくこと=炎症がひどくなると周囲の臓器とくっついて団子状になってくる)もないはずで、そもそも「手術が必要であったかどうか」も怪しい。つまり抗生剤投与できれいに治る。さらに言えば、虫垂炎と誤診した場合も含まれる。こうなったら腫れてない虫垂を切除するはめになるから論外であろう。
 
 この手術をやればやるほど、手先は器用になるだろう。当然オペも百戦百勝であろう。
  
 私の言う「名外科医」であればあるほど、このケースはオペしないわけだから遭遇しないことはおわかりだろうか。
  
 虫垂炎に限って言えば、
 
 すぐにでも開腹しなくてはならないものなのか、
 夕方の来院なら、
 翌朝まで待てるのか、内科的に「ちらす」ことで快癒するのか、
 
 これを正確に判断できることが条件と思うのだ。
 
  この名外科医の場合、難しい虫垂炎ばかり手術することになる。虫垂が破裂するようなもの、炎症がひどいもの、終了した後もドレーンと呼ぶ排液チューブを入れなくてはいけないもの。
  「名外科医」と「指一本外科医」が同時に二人いたとしてちまたの評判をもし聞くとしたらこうなってしまうのではないか?
  
 「指一本先生」はアッペの大家みたい、手術数もこの地域ではバツグンに多いし、傷も小さいし、治りもキレイ!きっちり1週間で退院できるし・・・
 それに引き替え「名外科医」先生のアッペは悲惨よー。傷も大きいし、管も入れられることが多いってさ。入院もすごく長いのよ。不器用なのかしら、いやーねー、アッペを見てもらうなら「指一本先生」ね!
  
 手術数、検査数を誇る施設ほど危ういということがおわかりであろう。しなくてもいい検査・手術はそれなら百戦百勝だろう。胃がんならまだしも、虫垂炎の手術数が多いと聞いたらピンとこなくても、CT検査の数がバツグンに多いと聞いたら、ん?その病院って、と思わないだろうか?
 
 自費で患者さんが納得してやってくれる分には、まあ文句を言ってもしょうがないが、たいがいは7割は国民が払う健康保険料でまかなっているのだ。地域によっては窓口支払いが無料の小児だとしたら、さらに3割は地方税である。そうすべてはみんなのお金でやっていることなのだ。これがすべて医師の裁量に任されているということだが、検査をしないで帰して悪くなろうものならすぐに訴訟問題となる時勢もまた事態を悪化させている。
 
 TPP交渉が大詰めに近づいている。
 
 農業分野・聖域5品目を守れるかどうかばかりに目が向いているが、私が再三心配している医療保険部門の情報が全く漏れてこない。
 やはり農業問題はカムフラージュではないかといつも疑念を抱いている。そちらをクローズアップしておいて、なんとかかんとか日本に有利と思わせるTPPの落としどころで成立させ、医療保険部門は人身御供に差し出すのでは?
 
 実のところ政府は金食い虫となっている社会保障費を民間に丸投げしたいのではないか?
 財務省と厚労省の本音は国民皆保険を外圧でぶち壊してもらいたい、としか思えない。

 TPPは「ジャイアン」アメリカの方式に従えというのが基本だから、今現在のアメリカの医療事情がそっくりそのまま日本に降りかかると考えていい。
  
 皆保険撤廃、混合診療導入、保険会社の医療参入、出来高制撤廃でドクター・フィーの導入、外国医師免許での医療許可。
 
 みなさんはそれでいいのですか?
 
 このうちドクターフィーなど導入となると、先の「指一本先生」と「名外科医先生」はどっちがクビになると思います?

  名外科医先生は非医師オーナーに間違いなく呼び出されるでしょう。
  
 「君、『指一本先生』を見習い給え。君のオペ数は彼の10分の1、入院日数は長いし(長いと診療報酬が減らされるので、短い入院が数多い方が経営上はベター)、入院中の再手術も多いじゃないか。手術が下手でトラブってばかりじゃないのか」
 
  「そんな・・・手術適応を考えればこうなります。再手術は腹膜炎がひどくて、姑息手術と根治手術を分けているだけです(あまり腸の炎症がひどいと一時人工肛門を作って炎症が治まるまで待って改めて虫垂の手術をすることもある)」今までのように医師オーナーならそんな事情もわかってくれるが、勘定奉行の文系オーナーでは通用しない。数字がすべてである。
「君は当院に不向きだな。辞表を書きたまえ」となろうか。
  
 さて、藺相如である。(おお、ようやく)(笑´∀`)そして三つ目のことわざの語源である。
 
 彼のような「完璧」な大臣はまたといないだろう。あるじの趙王にしてみたら、国宝の璧は失わず、軍隊も使わず、秦に対して一歩も引かず趙国の面目を保ってくれた。
 
 対費用効果は抜群である。もし、戦争が唯一の紛争の解決手段だとしたら、戦費がいくらあっても足りない。医療経済も同じで「手術・検査医=戦争屋」のために「良医」が駆逐されたら国を滅ぼしかねない。
 
 藺相如のような胆力のある人物を宰相に任命しても安いものである。
  
 だが、そう思わないものもいた。
  
 その時趙国の「百戦百勝」の名をほしいままにしていた廉頗(れん・ぱ)という将軍がいた。
 
 「私は趙の軍勢を率いて、百戦百勝し大功をあげた。しかし、藺相如はどうだ。舌先三寸だけで宰相になり私の上司になった。あいつは何も身を削っていないではないか。奴と出会うことがあれば恥をかかしてやる」と広言してはばからなかった。
 それを聞いた藺相如は体調を崩したといって、家から出ず、廉頗を避けるようになった。あるとき、遠くの道で廉頗の姿を見た瞬間、逃げるように横道に隠れ、廉頗が通りすぎるのを待った。
  
 一部始終目の当たりにした従者があまりの不甲斐なさと情けなさにあいそをつかせ、いとまごいを告げに来た。
 「私はいままで高潔な大臣ということであなたにお仕えしてきましたが、廉頗将軍を恐れる姿はなんと情けないことか。もう我慢できません。おいとまさせて下さい。」
  
 相如は言った。
 「お前は秦王と廉頗将軍のどちらを恐れるか」「それは秦王に決まってます」
  
 「その秦王を宮殿で叱咤し、秦の群臣をも黙らせたこの私が廉頗将軍を恐れるはずがない。ただあの秦がわが趙に手を出しかねているのは、私と廉頗将軍が健在だからだ。その二人が争えば、どちらかがたおれるかもしれない。そうなれば、誰が得をすると思うのだ?将軍を避けるのは私が趙国を思えばこそなのだ」
  
 この話が廉頗に伝わると、上半身裸でいばらをまき付け(当時の罪人の姿)相如の家に行き平伏した。
 
 「あなたの国を思う心を察せなかった。私が間違っていた。どうか許していただきたい。」と猛将・廉頗がいうと、相如は「なにをおっしゃるのです。私からも友誼をお願いしたい」と深々と礼を言った。
  
 廉頗は感極まって「あなたのためなら私は首をはねられても悔いはない」と泣いた。これが「刎頸の交わり」の語源である。
  
 この二人が趙国で健在の内は相如の予言したとおり秦は全く手出しができなかった。
  
 余談だが、後に藺相如が病死すると、秦は侵略の牙をむき出しにする。趙との国境に大軍を集結させあからさまに攻めると趙王は廉頗を守りに向かわせた。
 猛将廉頗といえども、秦を打ち破るのは難しいが、負けない戦いはお手のものだった。難攻不落の廉頗軍を攻めあぐねた秦は謀略を仕掛ける。廉頗が謀反をたくらんでいるといううわさを流した。藺相如のいない宮廷はこんな簡単な離間策にもひっかかった。趙王は廉頗を罷免させ若い将軍に交代させた。結果は火を見るよりも明らかで、廉頗のいない趙軍は大敗する。その後程なく趙国は滅んだ。
 
 藺相如と廉頗はなにも名外科医先生と指一本先生の比喩ではないが、思えばそのような対極の外科医同士がタッグを組めばもしかしたら、最強のチームになるのではないかとも妄想する。
  
 それよりも藺相如のような外務大臣・総理大臣はわが国にもいないものか、と。
 
 そっちが本筋でしょうね。

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